第四幕 015話 両刃の恋慕_1
さすがに気まずい。
色々と気まずい。そう思っているのはミアデだけなのだろうか。
ティアッテは気が付いていないのかもしれない。
敵の偵察部隊を片付けて、砦に戻って汚れを落とした。
やたらミアデの体を洗いたがるティアッテを宥めるのに苦労しながら。
井戸は助かる。この砦の近くは沼が多く、ちょっと食べ物を取りに行くだけでもかなり汚れてしまう。
昔はもっとひどい着衣で家畜小屋のような場所で過ごしていたが、あれはもう嫌だ。
人間どもだって、いざミアデ達を近くに置く時には水浴びなりさせていた。不衛生なのが嫌ならもっと良い環境にすればいいだろうに。
過去のミアデたちのような清廊族は、まだ数多くいるはず。
戦わなければならない。戦って助け出さなければ。
だというのに、ミアデの役割は守りだ。必要な役目かもしれないが、配置としては不満もある。
そういえば井戸だけれど、魔法で掘るのだそうだ。
清廊族の場合は水の魔法で、地下の水脈まで掘る。と言ってもそこまで深いことは滅多にないのだとか。
人間どもも炎の魔法か何かで掘るらしい。
堀った周囲を凍らせて、人間の場合は焼き固めておいて、井戸が崩れないよう石を摘んだり石膏を塗ったり。
ティアッテはミアデに色々なことを話してくれる。訊ねると嬉しそうにする。
最初は口数が少ない物静かな印象だったけれど、今はそうでもない。
ミアデだけだからだろうか。
初対面では話しにくいけれど、気を許すと案外お喋りが好きなのかも。
あるいはミアデが特別なのかと考えて、そんな馬鹿なと否定して、やはりそうだと確信する。
体を流し、服を洗って干して。
着替えもあるけれど、とりあえず少し休もうと。
一緒に寝るわけではない。とは言っても離れていて何かあったらいけないのだから、隣の部屋で。
人間の伏兵を探す為に徹夜していたので、さすがに眠い。
ティアッテも同じはずだ。砦に入った敵の偵察部隊を監視していたのだから。
伏兵がいるならこの辺りかと見当をつけて待ち構え、朝になって砦から出て来た敵の向かう方角から見つけた。
潜んでいた敵の後ろから襲い掛かり、全て片付けた。
作戦はうまくいって良かったのだけれど。
「……」
「どうかしましたか?」
夕暮れの太陽がティアッテの頬を赤く照らす。
綺麗な顔だ。涼やかで、整っていて。
「ううん」
眠っていたミアデが彼女の声で目を覚ましたことをわかっていないのだろうか。
隣の部屋で、ミアデの名を呼ぶ声。
呼ばれているのかと思ったが、違う。切なく名を呟きながら、荒い吐息を漏らしていた。
何をしていたのか、考えるのはやめておく。
知らない振り。
それが一番だ。お互いの為に、それが一番いい。
昼の間に睡眠を取った後、井戸で顔を洗いながら耳にしたことを忘れようと決めた。
夕日はきっと、ミアデの顔も赤く照らしているだろう。助かる。
ティアッテはミアデの名を呼び、ミアデを思って昂っていたのだ。言葉にしにくいことも口走っていた。
ああ、考えないのだった。考えないようにしようとしているのに。
「ミアデ?」
「ひゃいっ」
声が裏返ってしまう。
なんだろう、もっと恥ずかしいことを誰かとすることだってあったけれど。
間接的に、自分をそういう目で見ているのかと思うと恥ずかしく感じる。この場合恥ずかしいのはティアッテの方ではないだろうか。
近づけられる瞳は、とても澄んでいて。
邪心などまるでない。まさに氷乙女と伝説に聞いたように魔神に最も近しい、清らかで気高い女性。
人間は、勇者英雄に憧れると聞く。
清廊族ならそれが氷乙女だ。ネネランのように壱角に憧れる者もいるとしても。
アヴィ達に救われる前なら、まさか本物の氷乙女と知り合える日が来るなど考えもしなかった。まして共に戦うなど。
「やはり、無理をしているのでは?」
そういうわけではないのだけれど。この砦を守り、近付く人間を殺す程度のこと。
昔はもっと過酷な環境で虐げられ、逃げてからも苦難の連続だった。
屋根のある場所で寝られて、好きなように水が使える。そして頼もしい氷乙女が一緒にいるのだから。
「無理なんかしてないよ。あの、あっちが心配かなって」
「……そうですね」
ミアデが言い訳しながら西の空に顔を向けると、ティアッテも頷いた。
横顔も綺麗だ。伝説の通りというかそれ以上に。
「あの子、馬鹿をやっていなければいいのだけれど」
オルガーラのことだろうか。溜息交じりに呟いた。
「オルガーラって、強いんでしょ?」
あまり信用していなさそうな雰囲気。どちらも氷乙女で、強い絆で結ばれていると聞いていたのだが。
「力はあるけれど、とにかく馬鹿なのです。それはもう」
「そ、そうなんだ」
強い絆……噂ではそう聞いていたが、どうなのだろうか。
清廊族の気持ちを高める為にそういう噂を作っていたのかもしれない。長老カチナ辺りが。
「だけど羨ましいよ」
問題はあるのかもしれないけれど、ミアデから見れば羨望の対象だ。
「そんな力があったら、あたしも少しは皆を守れたかなって」
幼い頃からの苦渋の日々。アヴィに救われてからの戦いの日々。
ミアデの力がもっと強ければ、守れたものがあったはず。
「あたしがもっと強ければ……」
「ミアデ……」
ティアッテが手を取る。
「今の貴女は、氷乙女までではないにしても相当に強い戦士です。私だって、力が足りないと思うこともあります」
清廊族最強の戦士でも、まだ足りない。
「そもそも貴女は生来、戦士の性質ではなかったと。一年やその程度でここまで強くなったことが特殊です」
「それはアヴィ様のお陰だね。ほんと感謝してる」
なかったものをくれた。
戦う力がなかったミアデに、生きる手段をくれた。
生かされるのではなく、自ら生きる。
本当の自由というのはこういうものだろう。
嘆きたい気持ちもあるが、感謝の気持ちも強い。
ミアデが笑うと、ティアッテはわずかに表情を暗くした。
「ティアッテ?」
「……貴女が戦わなくても、私がその分も働きますから」
気を遣われているのだろうか。
ミアデが危険なことをしなくても大丈夫だと。今となってはむしろ前線にいる方が自然な気さえするのだけれど。
ルゥナが、西の人間の町を攻める前に分けた。
再び溜腑峠を越えて敵がくるかもしれない。そちらに見張りを置きたいと。
名乗りを上げたのはティアッテで、どうせなら砦を守ると言った。
そこまでの戦力はない。サジュがもう少し落ち着けば守備隊を作ることも出来るかもしれないが。
だが今のティアッテなら、単騎で敵の中規模くらいの戦力までなら防ぐことも可能。
時間を稼ぎ、清廊族の増援を待つ。
それでもまさか単独でとはいかない。
ティアッテが指名した。ミアデを。
何かあった時にサジュへの伝令に走れるように、と。
ミアデは戸惑い、困った。
いつだって自分はアヴィやルゥナと共に戦うのだと思っていて、別の場所になど考えたことがない。
まして守りの為など、性に合わない。
他に誰かと言った時、伝令には適しているウヤルカがいたけれど、そちらは進攻作戦に必要だと。
相棒として、身軽でティアッテの助けになり得る力のあるミアデを選ぶのは、間違った選択ではない。
ミアデは困り、セサーカに訊ねた。
セサーカだってミアデと離れるのは嫌だろうし、何か他の案を出してくれるのではないかと。なのに。
思ったより冷たく、思いもしないほどあっさりと。
セサーカはミアデに、ティアッテと共に行くよう言ったのだ。
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