第三幕 098話 敵との会合_2



「援軍だぁ?」

「隊長、静かに」


 ビムベルクが大声を上げるのを窘めるが、気持ちはわかる。


 ツァリセだって同じ気分だ。

 何を言い出すんだこのバカとか、そういう。



「その通りです」


 モッドザクス。彼の兜はその騎竜と同じデザインなのか。

 騎馬でも同じようにする貴族もいる。見栄えの問題なだけで特殊な効果はないけれど。


 涼しい顔でというか、真っ直ぐに。


「援軍を……共闘をお願いしたい」


 馬鹿なことを言う。

 頭は良さそうだけれど、もしかしたら馬鹿なのだろうか。英雄級だとか勇者級ならそういうことも有り得る。



 ルラバダール王国とアトレ・ケノス共和国。

 ロッザロンド大陸で覇権を争う二大国家であり、このカナンラダ大陸でもその間柄に変わりはない。


 全面戦争ということはなくとも、顔を合わせれば石を投げる程度の関係だ。先ほどもそれは体感しただろう。


 頼める立場だと思うのか。

 ましてこの男、八年前にエトセン騎士団に被害をもたらした張本人だ。

 正気を疑われても仕方がない。


 ツァリセは、正直なところそこまで嫌悪しているわけではなかった。

 モッドザクスは軍人として当然のことをしただけで、彼個人に恨みを抱くのは筋違いだ。

 なぜ手加減してくれなかったなど、今度はこちらが言える立場ではない。



 公平に見ればそうだとしても、人間の心情は理屈で片付くものでもない。

 今も、軍使として来たモッドザクスに殺意を込めた視線を向けている者がちらほら。

 いきなり斬り殺すことはないと思うが、よくもまあ堂々としていられるものだ。


 自信もあるのだろう。

 それと別に、覚悟も。

 随分と切羽詰まっている、ということなのかも。



「……ビムベルク、どう思う?」


 一番悩んでいるのが領主エトセン公ワットマに違いない。

 敵から救援要請など経験がない。あったら笑える。


 このタイミングでというのも皮肉なものだ。

 春先であれば、案外この話に乗って恩を売っても良かったと思う。

 今は、こちらに余裕がない。

 事情を知っていてアトレ・ケノスは言ってきているのではないか。



「俺ぁ、難しいことはわからん。ツァリセ」

「そうですね」


 つなぎの言葉のつもりだったが、馬鹿にされたと見たのかビムベルクの目が一瞬鋭くなった。

 話を振ってくるだろうと思ったので構えていただけなのに。

 実際、考えるのをやめて丸投げしたくせに理不尽な。



「罠の可能性が半分と見ます」


 素直に思った通りに口にしたが、モッドザクスの表情は変わらなかった。


「アトレ・ケノスがわざわざ窮地を知らせてくる必要がわかりません。ヘズの町もネードラハの港にも異常の報告は聞いていませんし」


 隣接している敵国だ。

 当然、主要都市にはいくらか密偵を放っている。お互い様だが。

 町で大きな動きがあれば報告が入るはずだけれど、今のところそういう話は聞いていない。



「昨年からどこかに兵士を移動させているのだとか。伏兵を置いてこちらを釣り出すという古典的な罠の可能性があります」


 ヘズの町に常駐していた兵士のいくらかが、何らかの任務で町を出ている。

 そういう情報はあった。


「……」


 モッドザクスの顔に特別な表情は浮かばない。


「ですが」


 半分程度というのは、まるで確信がないということ。当てずっぽうと言ってもいいくらい。



「こちらが把握していることはモッドザクス卿も承知の上でしょう」

「そう見えるな」


 ツァリセの意見にワットマが同意を示す。

 意見を求めたものの、ワットマの頭の中でもある程度の推論はあっただろう。


「この程度の罠を今さら張るかと言われれば、いささか稚拙かと考えます。勇壮を謡われるアトレ・ケノスの戦士殿が」


 褒めているようで、慇懃無礼に捉えられてもいい。

 どうせ敵だ。


「単騎で使者として来る。本当に苦しいから援軍を求めて来たとも見えますが、余計に罠のようにも見えます。判断は難しいところです」



 ふと、モッドザクスの目がツァリセに向けられた。


「……奇手のツァリセ殿、でしたか」


 知られていた。


「なるほど。あの撤退戦は見事でした」


 嫌味なのだろうか。その撤退戦というのはつまり、モッドザクスの強襲で彼らが勝利した戦いの話だ。

 だがどうも皮肉を言っているようではない。



「はぁ、どうも……」

「阿呆」


 思わず気の抜けた返答をしてしまったツァリセの後ろ頭を叩かれた。


「誰に礼言ってんだ、お前は」

「いや、だって……」


 珍しく褒められたので、つい。

 上司は褒めてくれないし。



「遺恨はある。疑いもあることは承知した上で申します」


 モッドザクスが改めてワットマに向き直り、わずかばかりだが頭を下げた。


「人類の危機。そう見ております。どうかご協力をお願いしたい」



 大きく出たものだ。人類の危機とは。


 町の危機として、民間人を守る為に敵国に協力を仰ぐことはあるかもしれない。

 国家の危機となれば、膝を屈して異国に庇護を求めることも有り得る。そうして属国となり吸収されていった国も少なくない。


 だが、人類全体の危機として、協力を要請するとは。

 膝を屈するわけでもなく、お互いの為の協力だと言って退ける。

 協力しなければ人類が滅びるなどと言うのは、要請というより脅迫のようだ。




「ムストーグ・キュスタが戦死しました」

「なに?」


 ビムベルクが声を漏らした。


「我が主君、ジスラン様……元ピローネ卿ジスラン公子も、戻らぬまま」

「竜公子が……?」


 ワットマが呻き、他の騎士や従者たちもざわつく。

 海を渡りカナンラダに来たという噂は聞いていたのだが。



「我らは昨年より、ニアミカルム山脈西端の魔境溜腑峠に拠点を構え、その地の魔物を討伐していました」


 モッドザクスの発言は、ツァリセ達が聞いている報告と合致する。

 集めた情報からの推論だったが、敵軍高官がそれを認めるようなことを。



「それであのじじ……大英雄が?」


 さすがに敵国の将軍を公に爺呼ばわりはまずいと思ったのか、ビムベルクが言い直した。


「千年級の魔物でも出たか」

「確かに千年級の魔物はいました。過去の調査で知られていましたが」


 英雄級の男が命を落としたということは、当然それだけの敵がいたはず。

 千年級の魔物となれば、英雄でも単独で戦うようなものではない。

 英雄、勇者が数名掛かりで立ち向かい、後は運次第。そういう存在。



「勘違いをされる前に言いますが、その魔物は打ち倒したのです」

「?」

「ジスラン様とその直衛の飛竜騎士、そして将軍ムストーグの力で、溜腑峠に住んでいた巨大な魔物は倒しました」


 その戦いで英雄ムストーグと竜公子ジスランが死んだ。

 というわけではないのか。




「この春に、我らは溜腑峠を越えて影陋族の拠点、湖の町サジュに侵攻したのです」


 魔境など押さえても、都合のいい鉱脈などでもなければ大した価値はない。

 溜腑峠を攻略したのはその次の一手の為。北部侵攻の為だったことは不思議ではない。


 北部というのは聞く限り厳しい気候だ。

 侵攻作戦に見合った旨みがあるかどうか天秤にかければ、無理に進む必要はないというのがルラバダールの考えになる。


 八年前の失敗もあるが、今は南部の良い土地を広く抑えているこちらとしては、ここを手薄にしてまで攻める理由がない。

 あの戦いは侵攻目的ではなく、アトレ・ケノスの戦力を削ぐためだったが、逆にエトセン騎士団が噛みつかれた。



「そのサジュの戦いで何が?」

「……」


 わずかに言い淀む気配のモッドザクス。



「そちらに情報はありませんか? イスフィロセの」


 イスフィロセ?

 エトセンはイスフィロセ側の勢力とは隣接していないので、情報収集の優先順位は低い。

 何もしていないわけでもないにしても、ツァリセの耳には届いていなかった。



「空飛ぶ船、と」


 ツァリセは知らなかったが、ワットマは聞いていたらしい。


「本当の話だったのか」

「こちらで確認しています。どうやら空飛ぶ魔物も使役しているという話でした」



 イスフィロセの空飛ぶ船。

 人間が空を飛ぶことを夢見る話は昔からあるものだ。


 いくらか実現したという話もあったが、それは勇者のような力を持つ者が力技で行ったことで、一般的ではない。空飛ぶ船など絵空事。



「我々が受けた報告では、イスフィロセはそれを実戦に導入し、かなりの戦力でサジュに侵攻。これを占拠したと」


 先ほど迷ったのは、こちらが知らない情報をぺらぺら喋っていいのかという軍人としての判断。

 だが、協力を求めにきた立場で情報を伏せることは、信頼の妨げになる。

 そう判断して話したのなら、モッドザクスは本当に援軍を求めているのかもしれない。



「イスフィロセと戦いになるってぇ話か?」


 空飛ぶ船というものがどれほどのものかわからないけれど、脅威には違いない。

 竜公子ジスランが戻らず、英雄ムストーグが死ぬほどの何かがあったのだとすれば、極めて危険だ。

 ルラバダール王国としても、そういうことであればアトレ・ケノスとの共闘も選択肢になり得る。


「でもそれじゃ」


 ビムベルクの言葉に異論を差し込んだ。


「人類の脅威、ってのとは違いますよね」



 国家として、軍としての脅威ではあるけれど。人類の脅威ではない。

 それなら、非常に獰猛な千年級の魔物の群れでも出たと言われた方がそれらしい。


「ええ、イスフィロセとの戦いは避け、こちらが退きました」


 モッドザクスはツァリセに頷き、再びワットマに視線を向けた。



「その後、影陋族の強襲を受けムストーグ・キュスタが戦死。戻らぬジスラン様も、その配下と共に戦死したと思われます」


 ビムベルクの鼻の横の筋肉が、ひくりと動く。



「影陋族が?」

「溜腑峠に設営した砦が影陋族の特殊部隊に襲撃されたという報告です。奴らは魔物も使っていたと」


 腹に、何か重いものを感じる。

 魔物を使役する影陋族。どうして、あの魔物は倒したはずなのに。



「数は多くなかったようですが、グィタードラゴンと空飛ぶ魔物だとか」

「……」

「英雄ムストーグ・キュスタと竜公子ジスラン。この二人が揃っていて敗れるなど普通では有り得ません」


 魔物を操り砦を襲い、英雄級の戦士二人を含む軍を打破した。

 信じられない。

 かつて影陋族がそんな戦果を挙げたことはないだろう。


 守りに徹し、じりじりとその勢力を減らしていくだけの存在。

 いずれ完全に人類の支配下に置かれるだろう生物で、脅威度は低い。

 そんなものが、なぜ今さら。



「北部影陋族の最後の反攻かもしれませんが、このような事態は想定されていませんでした」

「……なるほど」


 ワットマも、モッドザクスの言い分を理解して頷いた。


「それで人類の脅威、か」

「この敵がこちらに向かわないとも限りません。情報の共有と共闘が必要かと、アトレ・ケノスではそう判断しております」



 人間同士が相争っている場合ではない。

 遺恨を水に流し、共に戦おう。


 モッドザクスの言い分は理解できる。彼はどうやら本当にそう思っているようで、罠ではないとツァリセは確信した。


 言っている内容が、アトレ・ケノスにとって恥ずかしすぎる。

 ムストーグだけならともかく、竜公子の名にまで泥を塗るのは。

 影陋族に敗れて死んだなど、恥だろう。


 取り繕う余裕もなく、本当に困っているから助けてくれ。

 そう言っているに等しい。

 モッドザクスほどの軍人が。いや、彼ほどの男だから言えるのか。



「……嘘ではなさそうですが」

「わかってんだよ」


 今度は叩かれはしなかったが、ビムベルクの表情はさらに厳しくなっていた。


 嘘ではない。嘘でないとしたら、本当だ。

 本当に影陋族が魔物と共に攻めてきて、精鋭一軍に打ち勝つほどの力を有している。


 心当たりが、ないこともない。

 とはいえ、たかが一年程度であの少女がそれほどの力を得たとは考えにくいけれど。



「……検討が必要だ」


 モッドザクスからは情報を提供されたが、こちらの情報は開示する必要はない。

 確信もない話だ。たまたま、魔物を使役しそうな影陋族を知っているというだけ。



 ワットマはモッドザクスを客人として滞在してもらうよう部下に命じて、ビムベルクに首を振った。


「……ボルドを呼んでくれ」

「ああ」


 喪に服しているとしても、有能な人材を遊ばせていられる余裕はない。

 誰もが、今こそボルドの冷静な判断を必要だと痛感した。

 彼なら冷静に正しい判断をしてくれるだろうと、その信頼と期待は大きい。


 大きすぎたのかもしれない。



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