第三幕 097話 敵との会合_1



 エトセンは、カナンラダ大陸南部地方で言えばやや西寄りに位置する都市だ。

 その北西はどこの土地でもない場所。中立地帯。荒れ地と沼地だが。


 さらに西に進んだ海岸沿いはイスフィロセの領土であり、南西はアトレ・ケノス共和国が支配している。




 アトレ・ケノス共和国には飛竜騎士がいる。


 これはロッザロンド大陸でも同じだ。飛竜を飼育する技法については、残念ながらルラバダール王国では確立していない。

 土地柄ということもあるし、国としての考え方というものもある。


 飛竜は有効な手段だが、統一帝は使わなかった。統一帝とは敵対的な関係にあったと伝承に言われる。

 統一帝の後継者を名乗るルラバダール王国として、そういう手段は使わない。


 飛竜の生育環境や飼育するノウハウの不足を、矜持として扱わないのだと言い換えた。



 そうは言っても、やはり飛竜騎士の脅威度は高い。

 上空から猛烈な速度で襲われることを喜ぶ戦士はいないだろう。

 幸いなことに、飛竜騎士の数は少ない。


 エトセンはアトレ・ケノス共和国と隣接している大都市だ。

 当然、飛竜騎士に対する備えはしている。

 城門に固定設置された数十の大弓。


 飛竜以外にも有効な手段になる。

 人間の歴史がまだ浅いこの大陸では、野生の魔物の襲来もたびたびあった。最近は少なくなったものの。


 今でも離れた村などでは、人間を餌とする魔物が近くに住み着いてしまうこともある。

 それらを駆除するのも冒険者の役割だ。軍が請け負うこともあったが。



 放たれた大弓の矢を避け、大きく旋回する飛竜。

 飛翔する姿は優美なものだ。

 金属の冠をつけた飛竜の姿は、空の王者といった雰囲気にも見える。



「当たんねえな、ありゃあ」

「でしょうね。相手が悪すぎます」


 ツァリセは知っている。それが何者なのか。

 まあツァリセでなくても大体の者は知っているか。

 有名な飛竜騎士なのだから。特にエトセンでは、苦々しい記憶と共に。



「……なんか、用があるみてぇだな」

「そのようで」


 敵襲と聞いて、最大戦力が遊んでいるわけにもいかない。

 牢から出たビムベルクは、とりあえずエトセン騎士団のトップ代行ということになっていた。


 実務的なことはボルドの副官であるサロモンテがやっているが、旗頭として立つのはビムベルク。

 本人も、ボルド不在の状況で騎士団が揺れているのを理解して、普段よりは隊長らしい振る舞いをしている。


 敵襲と聞いて、真っ先に城門の櫓に駆け上がったのだが。

 指揮官としては軽挙かもしれないが、ボルドとビムベルクでは性格がまるで違う。同じようにする必要はない。

 やれと言っても出来ないだろうし。



「撃つのをやめさせろ」


 ビムベルクが声をかけると、近くにいた兵士が撃ち方やめと指示しながら走っていった。



 飛竜騎士がたった一騎で、敵勢力であるはずのエトセンの町近くを飛ぶ。

 昼間から。


 大矢を避けながら、町から離れようとはしない。

 何か話があるという様子に見える。


 本当に攻撃が目的なら夜を狙うだろうし、見つかって攻撃されているのに撤退も応戦もしないなど。



「……あの野郎、舐めやがって」

「駄目ですよ、隊長」


 ビムベルクが苦々しく呟いたので不安になった。


「わかってんだよ、クソ」



 飛竜騎士モズ・モッドザクス。

 かつてエトセン騎士団に手痛い打撃を与えたアトレ・ケノスの優秀な軍人だ。


 勇者級の使い手と聞くが、案外それを上回るのではないかとツァリセは見ている。

 単騎でエトセン騎士団の精鋭部隊を強襲、攪乱など簡単に出来るものか。



 ビムベルクの表情が苦々しい。

 過去に彼と戦った記憶からなのか、最近のエトセンの状況のせいで機嫌が悪いのか。


 本当に、悪いタイミングで来るものだ。



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