第三幕 081話 繋ぐ想い_2



「メメトハ! 無事でしたか!」


 オルガーラに遅れてルゥナが走ってきた。


「すまぬ、ルゥナ」


 無事かと訊かれて、どんな顔をすればいいのか。

 ユウラを死なせたこともある。そして。



「清廊族全ての命を材料に一時的に戻っただけじゃ。ヌカサジュの主の約定は変わらぬ」


 苦い顔のメメトハにルゥナは一瞬だけ言い淀むが、


「全て……あの飛行船を落とせばその約定を果たせるのですね」


 少しでも状況を良い方向に考えようと。



 ユウラのことで、これ以上親しい者を失いたくないと、気持ちばかりが先走っているのではないか。

 届かぬ目標を目指して進み、さらに被害を広げるようなことになるのでは。


「ああ、じゃが……」


 ニーレが再び放つ矢も、飛行船の敵は見飽きたというように打ち払われた。


 吠えるニーレだが状況は悪くなるばかり。

 やはりメメトハは湖に身を捧げ、彼女らはすぐに退くべきかもしれない。



「あれには……ダァバが乗っておると」

「ダァバのことなら既に撃退しました。あれには乗っていないでしょう」

「なんじゃと?」


 仰天するメメトハに、ルゥナは申し訳なさそうに首を振る。


「取り逃がして……いえ、アヴィとエシュメノも限界でした。ダァバの方が退いてくれなければ誰かが……」

「……そうか」


 先に人間の軍隊とも戦っていたはずだ。

 その上でダァバの襲撃を受け、それを退けた。


 討ち取れなかったことを責めるつもりはない。その場にいなかったメメトハとしては痛恨の極みでもある。



「とにかくあの飛行船じゃが……ニーレ、やめんか!」

「うるさい!」


 無意味に撃ち続けるニーレを叱責するが、強い拒絶が返された。


 無理もない。無理もないが、これ以上は本当に無理だ。

 まだ続けるというのなら仕方ない。意識を奪ってでも逃がすことを考えよう。



「最初より落ちてきておるが、あれではまだ届かぬ」

「穴……ウヤルカたちが、あれを」


 ルゥナも目を凝らして、飛行船が何かを噴出している様を確認する。


 ユキリンに騎乗するウヤルカであれば、確かに飛行船に届くかもしれない。

 だが、その飛行船にも敵はいる。今もニーレの矢を迎撃しているのだ。

 いくらウヤルカでも、単騎であれに近付いたのでは……



「ウヤルカは……まさかウヤルカまで?」


 嫌なことを考えてしまった。

 そうだ、空中戦だというのにウヤルカとユキリンの姿がないのはどうして。



「いえ、ウヤルカはひどい傷を……」

「ルゥナ様、ウチは平気じゃ!」


 言いかけたルゥナの後を追うように、やや太い声が届けられた。

 振り返ったルゥナが、空を駆けてくる女丈夫に小さく息を漏らす。



「こんな……貴女はまだ傷も塞がっていないでしょう!」

「血ぃは止めたけぇ平気じゃ! ユキリンに乗せりゃあニーレの矢も届くじゃろ」

「……」


 応急的に血を止めただけなのか、いつも手にしている鉤薙刀は持っていない。

 ユキリンの騎手として、ニーレを空に届けると。


「それでいい! 頼む!」


 即座に応じるニーレだが、あまりに短絡的すぎる。



「考えの足りん奴じゃ」


 ウヤルカがニーレを拾いに降りてくるのを見ながら、ルゥナは沈黙を、メメトハは叱責を。


 その程度のこと、ルゥナが考えなかったわけがない。

 足りないのだ。それではまだ。


 飛行船は冥銀で覆われている。あれは魔法の力を受け流しやすいし、そもそも強度だってそれなりにある。

 氷の矢とてその力を減衰させられ、あれを撃ち抜くことなど不可能だろう。


 矢を打ち払っている敵もいる。距離が半分ほど縮まったところで、迎撃不可能だとは思えない。


 それでも飛行船を落とす方法があるとするなら――



「……ユウラのおかげ、じゃな」

「メメトハ?」


 足りない手が、埋まった。

 ここに手札が揃ったのも不可思議なもの。それらを繋ぐものが生まれたことも。


 その為に失われた命を思えば喜ぶべきではない。けれど、ユウラの死を儚んで為すべきことを放棄するのでは、死んだユウラに面目も立たない。




「オルガーラ! 馬鹿は終いじゃ!」


 まだ息があった人間を踏み潰して殺していたオルガーラに怒鳴る。


「あー? なんでここにメメトハさまぁ?」


 人間どもの血に汚れ、何かに酔っているのか胡乱な目でメメトハを見た。

 記憶にある彼女とは大きく異なるが、それは後回しだ。



「妾と共に、ええいっ! あの雪鱗舞まで跳べ!」

「うぁ? あー、弓使いぃ」


 既に地上から離れつつあったユキリンに飛び乗るように指示する。

 オルガーラに抱えられ、メメトハも共に。



「ルゥナ、待っておれ!」


 ここまで何も出来なかったメメトハが、この最後の一手は担うと頷いた。


「……頼みます!」

「っ!」


 ルゥナに返事をする間もなく、凄まじい加速と共に空に引っ張り上げられる。

 眩暈がするほどの加速を感じたかと思えば、次は何かふわっと臓腑が浮くようなあやふやな感覚。



「ってぇ多すぎじゃけぇ!」

「弓使いはボクが守るのぉ」


 ウヤルカとオルガーラの会話が噛み合っているのかどうか怪しいが。

 だが場所はちょうどいい。


 ウヤルカはユキリンを操る為に前。

 その後ろの羽の邪魔にならない所に跨るニーレと、さらに後ろに掴まった。



「ウヤルカ! 揺れぬよう頼むのじゃ!」

「これじゃ大して上までいけん!」

「不要じゃ!」


 地上から撃つよりは十分に近い。

 そもそも、地上からでもニーレの矢は届いていた。有効打ではなかったにせよ。



「オルガーラ、ニーレの背中を抱け!」

「メメトハさまの命令ならやるけどぉ」


 多少なり面識があってよかった。オルガーラの様子は明らかにおかしいが、メメトハのことはちゃんとわかっている。



「メメトハ、私の邪魔をするな!」

たわけた物言いもいい加減にせよ! ニーレ‼」


 一喝する。



「あれがユウラの仇じゃと言うなら、おぬしこそ邪魔をするでないわ! あれに乗っている人間どもを殺す邪魔をするでない!」

「……」


 悲しみ、狂う気持ちもわかる。

 だが、己だけがそうだと決めつけて、目的を見失うのでは意味がない。



「恨み言も責め苦も後でいくらでも聞いてやろう。じゃが今は、あのクソ虫どもを殺すのがおぬしの役目であろうが!」

「……あぁ」


 出来ないことを、出来ないなりに全力を尽くした。そんな体裁はいらない。

 何をどうしてでも果たすべきこと。

 それを全うする。



「うー?」

「ここらが限界じゃけぇ」


 飛行船から投げられた槍を躱しながらウヤルカが告げた。

 これ以上上昇すれば、この人数ではバランスが保てない。ユキリンもかなり疲れているようだ。



「ああ、ニーレ……ただ一度で構わぬ。目を閉じて、思い切り引き絞れ」

「……」

「もう少し上じゃ」


 メメトハも、オルガーラの背中からニーレの腹に手を伸ばす。

 オルガーラを間に挟み、ニーレの体まで密着するように。


 血で汚れたオルガーラの悪臭だとか、慣れないユキリンに跨ることへの恐怖だとか。そういったものを一切忘れて。目を閉じた。



 感じる。

 氷弓皎冽に宿る共感の力が、ニーレの手から、オルガーラを通してメメトハまで繋がるのを。


 個々の力が一つに繋がっていく。



 伝えたいと思う気持ちが誰より強い少女だった。

 メメトハとは性格が大きく違っていて、だからメメトハには真似できない。


 誰かへの想いを伝えたい。誰かから想いを伝えてほしい。優しい繋がりを求めたユウラの心を感じる。



「……こんな優しい心を」


 全てを伝える。

 メメトハの中にあるものと、間にある氷乙女のもの。それら全てを繋がる先へと。


「いつまでも泣かせるでないわ」



 ――ニーレちゃん、大好き。


 聞いていたはずだろうに。



「馬鹿者が」



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