第三幕 080話 繋ぐ想い_1
「馬鹿者が」
泣いているのではないか。
泣かせているではないか。
お前が、こんな悲しい音で、喉を枯らして叫び続けて。
身を削り、命を削って放つ矢に、何の意味がある。
飛行船に届いたとて、それは力を持たずただこつんと当たるだけ。冥銀で覆われたあれには痛痒もないだろう。
ニーレが泣き、ニーレの大事な者を泣かせて。
それで無意味な有様では、どこまでも救いがない。
「ちっ、ニーレ!」
狂乱しているニーレには周りが見えていない。
明らかに暴走していて乱れるように矢を放っているが、既にあれは体力の限界をとうに超えている。その頭上に敵の姿が。
隙だらけだった。
「ええい! 天嶮より――」
走りながら魔法を唱える。集中力は損なわれるが、今のニーレよりはずっとマシだ。
「くだ……?」
途中で止めた。思わず言葉を失った。
ニーレを襲おうとした蝙蝠男を、後ろから飛び込んできた人間の服を着た女が掴み、大地に転がす。
「オルガーラか!」
「うぁぁ!」
吠えたのは、メメトハは一瞬目を疑ったが、間違いなくオルガーラだ。
「びゅっ」
地面に転がした敵を踏みつけて跳躍。また別の敵に掴みかかり、空中でその首を捥ぎ取った。
「らぁぁ!」
獣のような戦い方を。
「何をやっておるのじゃ、あやつは」
人間の服を着て、あんな戦い方で。
顔は、メメトハの記憶にあるオルガーラに間違いないのだが。
そういえば、カチナがオルガーラの指導をしている時に言っていた。
オルガーラに剣の才能はない。戦いのセンスが絶望的だとか。力は並外れたものがあるのに。
だから違う戦法を教えたという話だったが、それとて敵に噛みつき捥ぎ取るような話ではない。
しかし、助かった。
空を飛ぶ敵は俊敏だが、数は多くない。
メメトハもいくつか片付けたし、オルガーラもニーレを守って倒してくれて。残りは他の戦士たちが相手をしている。
「おぉぉ!」
次に響いた雄叫びはニーレのもの。
近付く敵がいなくなったことを知ってか、渾身の力を込めて矢を放った。
ひゅうっ!
今までにない勢いで打ち出される氷の矢。
ニーレの悲しみと怒りを乗せて、一直線に空に浮かぶ飛行船に向かう。
メメトハの瞳もそれを追う。これならいけるか。
鋭く風を切る矢が十分な威力を保って飛行船に近付いたところで。飛行船から放たれた何かがその氷の矢を払った。
もう少しでというところで砕け散る氷の矢。
「おのれぇぇ!」
続けて放つニーレだが、駄目だ。
ここから、たとえアヴィが全力の投擲で投げたとしても、敵にはその軌道を見切る余裕がある。
あれに乗っている敵も普通の腕ではないだろう。ダァバが乗っているというのだったか。
それではとても、この遠距離で有効な攻撃手段などなり得ない。
「やめんか馬鹿者!」
「だま、れぇ!」
ようやくニーレの下に辿り着いたメメトハが一喝したが、ニーレの狂気は消えない。
「お前の……あいつらのせいでユウラが」
「っ……」
息を飲む。
今ニーレは、メメトハのせい、と言いかけなかったか。
その通りだ。否定など出来ない。
思わず口を噤んでしまい、舌打ち混じりにまたニーレが矢をつがえた。
その顔は、もう白いというのを過ぎて暗い。どれだけ無茶を続けているか知れる。
これではほどなくニーレが死んでしまう。
力づくでも止めなければならない。どれだけ恨まれても。
しかし。
あの飛行船は落とす。ダァバは殺す。人間は皆殺しだ。
その気持ちはメメトハも変わらない。出来るというのならそうしたいし、少しでも高度が下がっている今が好機だとも言える。
もう一手……いや、二手、三手。足りない。どうすればいいのか。
近付いてくる飛行船と消費されるニーレの命に、苛立ちと焦燥ばかりが心を占めていった。
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