第三幕 077話 狂気乱舞_1



「何を……」

「……」


 トワは、どこまでも罪深い。


「ああ。何を……ああぁぁぁなんで、なんでぇ!」

「……」

「どうして! うあ、あぁぁっ‼」


 自分の罪業の深さを責める声に、どうして安らぎを覚えるのだろう。


 だってこのままじゃ、どうしたってユウラが救われない。救いがなさすぎる。

 トワになんの痛みもないままだなんて、そんなことを許せるものか。誰だろうトワが許さない。


 だからニーレ。どうか、トワを許さないで。



「なにをやっているんだトワぁぁ!」

「ニーレ! ルゥナ様ニーレを!」

「やめなさいニーレ! 違うんです!」


 ルゥナとミアデが必死に止める。狂乱するニーレを。



「お前が、お前がユウラを殺した! お前がユウラを!」


 ユウラの胸に突き立った包丁の柄に、ニーレの怒声が響く。



「私がユウラを殺しました!」

「トワもやめなさい!」

「やめませんルゥナ様、私がユウラを殺しました!」


 吐き出す。本当のことを。



「ユウラの願いだったんです、ニーレ!」

「そんなわけがあるか! そんなはずがないんだ!」


 死を願うユウラの言葉を受けて。

 ユウラが、死ぬ前に少しでも力をトワに残したいと願って。

 だから殺した。


 違う。そうではない。



「私が、私のせいでユウラは死んだ! 私が殺しました!」

「やめなさいトワ! 誰かトワを止めて!」

「止めないで! 本当のことです、ニーレ。私がユウラを殺した!」

「トワぁ! お前はどうしてユウラを、こんな……お前のせいで、また……」

「そうです!」

「違いますトワ!」


 ニーレの怒気が、殺意が。トワの瞳に突き刺さる。

 彼女にこんな目で見られるのは初めてだ。

 恨みと敵意。この世の理不尽の全てへの憤懣を込めて。


 心地いい。

 少しだけ救われる。


 トワに恨みの言葉を正面からぶつけてくれるニーレのお陰で、ほんの少しは気が晴れる。

 許してはならないトワという女の行いが責められることが、トワの心をわずかに和らげてくれた。



「……私を、殺して下さい。ニーレ」


 それしかない。

 そうしてもらう他に、誰がどうしてトワを許せるのか。


「トワ! 馬鹿を言わないで!」


 ルゥナの叱責に首を振り、ルゥナが押さえるニーレの前まで歩いた。



「お前を……」

「私の中に、ほんの少しでもユウラの力が残されたなら。貴女に返します、ニーレ」


 これを託されるのは自分ではない。こんなに優しくて切ない気持ちは、トワには重すぎる。潰れてしまう。



「いい加減にしなさい!」


 涙を流してルゥナが叫んだ。



「私の力だって、ニーレに」

「ふざけないで!」


 怒り心頭に達したのか、ルゥナがニーレを突き飛ばし、トワの頬を張った。



 ぱしん、と。



「……」


 肌を打つ音の後は、ただ静かに。



「トワさまぁ」


 静寂を破り、トワとルゥナの間に割り込む者が。


「トワさま、こいつトワさまをぶった」

「いいんです、オルガーラ」

「おる……?」


 やや虚を突かれた表情を見せたルゥナが、頭を振ってニーレに向き直る。

 突き飛ばされたニーレは、地面に倒れたまま嗚咽を繰り返していた。



「トワのせいだと責めるなら、貴女は何をしていたと言うのですか。ニーレ」

「わたし、は……」

「苦しむユウラを見ていられずに暴れていた貴女が、どんな顔でトワを責めるつもりですか」

「ルゥナ様、そんなこと……」


 ミアデがニーレを庇うように口を挟み、ルゥナに睨まれて口を閉ざす。

 言っているルゥナとて決して本意ではないのだろう。それを察して。



「ユウラは……最後まで、仲間の……貴女のことを思って、トワに……誰のせいと言うのなら、私のせいです。貴女のせいで、皆の無力ゆえです」


 握り締めたルゥナの拳が震えている。


「誰も……誰というのなら、私の責任です。ニーレ」


 責めるなら自分を、と。自分だって泣きながら。



「……私は……わたしはぁ……」


 ニーレが、尻もちを着いていたニーレが、前を向く。

 這いつくばり、両手と両膝で進む。

 のろのろと、ユウラが横たえられた布のすぐ傍まで、泣きながら。



「ゆう、ら……ゆうら、ゆうらぁ……」


 名を呼び、先ほどまでトワが握っていた手を握る。


「ごめん、ごめん……私が、馬鹿で……私は、お前が……どうしてユウラが……」


 嗚咽と哀惜と。悔恨と謝罪。



「好きだ……私だって、お前が……ユウラ、お前を愛している……愛しているんだ、ユウラ……」


 トワが突き立てた包丁を抜き、血に濡れたそれを力なく放り出す。

 血の溢れるユウラの体に縋りついて泣いた。


「愛している。愛しているんだ、ユウラ……ユウラ、私の……」


 答えはない。

 もう答える声は、どこにもない。

 ただ一方からだけの、愛の言葉を囁き続ける。



 ただ、奇跡と呼べることがあるとするのなら。

 トワは見た。


 ユウラの体が僅かに光輝いたのを。

 胸の傷から零れ落ちた光の玉が、ニーレがその地面に落とした彼女の弓、氷弓皎冽に寄り添うように転がり、そして吸い込まれるのを見た。



「……何が?」

「命石」


 いたのか。

 気配がなかったので、声を聞くまでトワは気が付かなかった。


 すぐ近くで倒れていたアヴィ。手元に落ちている魔術杖を見れば、限界まで魔法を使ったのだとわかる。



「命石が、弓に」

「ユウラが」


 トワが最期に刺した為だったのか、そうではないのか。命石がユウラから零れた。

 ユウラから零れた命石がニーレの弓に吸い込まれた。ユウラの気持ちを考えれば説明はいらない。


 命を失ってもなお、ニーレの傍で、ニーレの助けになりたかったのだと。



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