第三幕 042話 盾_2
およそ人に伝わる魔法ではない。
千年級の魔物は時に人智を超越するような魔法を使うと言われる。そういう類の魔法だ。
なぜ生きているのか不思議に思う。あれが自分を標的に放たれたのなら、間違いなく粉々になって死んでいたはず。
あの場の全てを吹き飛ばす為に放ったのだとすれば、間違いなく目的を果たしている。
「く、誰かいるか!?」
「ぼく、は……ここです、けど」
べっと砂を吐きながら応じたのはツァリセだ。
彼が試作していた道具は役に立った。折れた剣などを砕いた欠片を詰めた筒を密閉して、その下に簡術杖を固定した簡単な造り。
筒の中に破裂魔法をぶち込み、先端から撃ち出された無数の刃は通常の矢の数倍の速度と力で敵に突き刺さった。
仕掛けを知っているボルドなら対応できそうだが、知らぬ者なら為す術がないだろう。
途中で割り込んできた女がいなければ、魔女とその部下に深手を負わせるか、仕留めることも出来ただろうに。
「戦える者は、あの魔女を――」
「だんちょー!」
頼れる部下の声が聞こえたことで少し安堵する。
彼女がいればまだ戦え……
「チャナタが……」
震える声。
その手も震えて、一点を見ているだけ。
火の手がある方。
先ほど崩れた篝火から燃え移った炎が明々と照らす。
数十歩ほど吹き飛ばされたボルド達と、城壁近くにいる魔女どもの姿。
その間に立つ影を。
「……チャナタ……さん」
ツァリセの声も、感情を失っている。見失っている。
左腕を肩から大きく抉られた小柄な影に。
なぜ生きているのか。
馬鹿な疑問だった。生きているはずはなかったのだ。今の魔法の直撃を近距離で食らったのなら。
守られた。
皆を守るのが役目とする部下が、その身を挺して守ってくれた。
炎のある方向と逆行になっているから黒い影に見えているのかと思ったが、違った。
崩れる影。
焼き尽くされ、灰となり。とさりと。
「う、ああぁぁぁぁっ!」
「ツァリセ! チューザを連れて下がれ! 戦える者はあの魔女を……ヴィルップ!」
「ヴィルップ隊長は見事な最期でした!」
「なんだと!?」
駆けてきた騎士の言葉に怒鳴り返してしまう。
「呪術師の攻撃で足を砕かれ、そのまま
ぎりりと歯を鳴らす。
何ということか。チャナタだけではなくヴィルップまでも。
「灼爛は苦痛により戦線を離脱しておりますが……呪術師も手傷を負って姿を消しました!」
「……わかった。とにかく戦える者はあの魔女を」
「無理ですよ‼」
怒声だった。
こんな声を受けるのは久しぶりだ。
「チャナタさんが死んで、ヴィルップ隊長も死んで、この状況で戦い続けるのは無理ですよ!」
「戦争なのだ! 感情など捨てろ!」
「感情的になってるのは団長の方ですよ!」
チューザの肩を抱くツァリセが、涙目のくせに強い眼光でボルドを射抜いた。
「っ……」
「仲間が死んだからじゃない。守りの要のチャナタさんを失って、チューザさんも消耗してる。ヴィルップ隊長もいない中、あんな強敵に向かうのは無謀以前の話です!」
正される。
己の判断が冷静さを失っているのだと、叱責された。
「だが……今、この時に討たねば」
総力戦の準備をしてここに来たのだ。ここで退けば、打つ手がなくなる。
こちらも消耗しているが、敵もそれは同じはず。今の魔法を何度も放てるはずがない。手下の魔物もほぼ片付けて残るはあの魔女どものみ。
「ビムベルク隊長がいれば」
「……」
口にしなかった名を。
わかっている。今ここに誰がいれば手が届いたのか。
チャナタが、ヴィルップが。他の犠牲になった騎士たちが死なずに済んだことも、あるいは。
「アン・ボウダが何なのかは知りません。だけど、今の団長は冷静じゃない。このままじゃ全滅です」
「……」
「退く勇気を、示して下さい」
時には、戦うことより逃げることを選ぶ必要もある。
だが、逃げるというのは、間違いを認めるということにもなる。難しいのだ。
ここまでやって、これだけの犠牲を出しておいて、得るものもなく退くなど。
「……」
自分の意地の為に部下を死なせる。それはなんと醜悪でお粗末な話なのか。
既にこれだけの失態。己の失態のツケを、生き延びている部下たちに払わせるわけにはいくまい。
「団長、報告です!」
ツァリセの言葉を噛み締めたところに、後方から別の兵士が駆けてきた。
「コクサ・ポエナを飲み込んだ灼爛が、苦悶の言葉を吐きながら肥大化しつつレカン方面へ進んでいます!」
「……わかった」
戦いの最中でも、あの魔物が人の言葉を使っていたのは聞いていた。少女に擬態しているのも見た。
ヴィルップの攻撃を受けて、正気を失うほどの苦痛を感じているのかもしれない。
レカンの町に向かっているのは偶然なのか、違うのか。
「……全軍、負傷者を救助しつつレカンに転進」
「はっ!」
今出せる指示とすれば、これが一番まともだろう。
あのような魔物が町に行けばどれほどの被害が出るのか。何としてでも食い止めねばならない。
やるべきことをやったと思うと、ふと気が抜けた。
皆が忙しく撤退の準備と、まだ戦っている味方への支援などに向かう中、ふと呆けてしまう。
チューザを介添えするツァリセが近寄って来たが、何を言えばいいのか。
「……」
疲れ切った顔をしているチューザを見て、改めて自分の判断が間違っていたと思い知った。
灼爛に、あの英雄級とも思える呪術師を相手に戦っていたのだ。その挙句に半身とも言える姉を失った。
軍人としていつ死ぬかわからない仕事をしているという自覚はあっても、近しい者の死に動揺を覚えないはずはない。人間なのだから。
「……人間、か」
言葉に出来たのは皮肉な自嘲だけ。
「先ほどは、その……生意気を言ってすみませんでした」
ボルドの呟きを耳にしたツァリセが、釣られたように謝罪を口にした。
「構わん。お前が正しい」
冷静になってみればツァリセの言う通り、戦いを続けるなど無理な話だった。
どうであれ一度退き、体勢と指揮系統を整え直すくらいは最低限必要なところ。
敵の魔法により距離が空いたのは幸いだったと見るべきか。いや、その僥倖もチャナタの献身があってこそ。
「……アン・ボウダ」
気が抜けていたのだろう。
あるいは、自分の後を継ぐのなら彼がいいと思ったのかもしれない。
自分もまた、その名を先代の団長スバンクから聞かされた。スバンクは彼女を見たことがあったのだと言うが。
「数十年前の。私の四代前の団長で……魔女堕ちとして抹消された名だ」
強大な力を持つ魔法使いで、狂気に囚われその英雄級の力で大きな被害を出したという。
ロッザロンド大陸なら昔話にいくらでも転がっているだろう。
エトセン騎士団にとっては、昔話にするにはやや近過ぎる。そんな汚点の歴史なのだと。
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