第三幕 033話 欠けた穴。埋める穴_2
「敵の戦力はおよそ知れた。あの異様な呪術師。そして件の
漆黒の天翔騎士と戦った際に現れた増援。灰泥のような呪術師と、ボルドの部下を飲み込んだ紅い粘液状の魔物。
「灼爛……伝説の魔物ですが、こんなところに?」
「溶岩のような姿だという伝説の通りではあった」
作秋にボルドが遭遇したという魔物、灼爛。
ロッザロンドの伝説に残っている。火山地帯の窪みに潜み、その姿の通り凄まじい高熱を持つ粘液状の魔物だと。
百年前の伝承にあるだけで、実物を見たと言う人間はいない。ボルドと同行していた騎士以外には。
「私とて溶岩を間近に見たことがあるわけではないが」
「普通はそうでしょうね」
カナンラダに、現在活発な火山はない。ロッザロンドにはいくらかあるが。
ボルドもロッザロンドで見たのだろう。カナンラダとの間に、いつも火を噴いている島もあるという。
「溶けた鉄のようだとか」
「その通りだ。敵と相対している時に足元からあれに噴き出されては、対処は非常に困難だ。それだけではない」
粘液状の魔物なので、小さな隙間に潜り込むことが出来る。思わず今立っている地面を見てしまうが、それらしい亀裂はなかった。
「戦うにしても粘液状だ。中心核などが見えればまだ対処のしようもあるが、あの灼熱の体の中のどこにあるかなど」
「無敵じゃないですか」
粘液状の魔物なので動きは速くないはず。それくらいが救いだけれど。
「刺した剣もどろどろになりそうですね」
「氷雪の魔法が有効だろうが」
残念。その手の魔法は影陋族の得意分野であり、人間はあまり得意としていない。
相手と同じようにこちらも影陋族の奴隷でも使ってみればと考えてみても――
「そういえば……?」
昨夜の襲撃で、予定外に被害を出してしまった原因に疑問が湧く。
敵の戦力を低く見積もった。もちろんそういう話ではあるのだが、それにしても。
「どうした?」
「いや、あれだけの数の影陋族の魔法使いなんて想定していなかったと」
ふむ、と。ボルトも思索を巡らす。
「トゴールトが影陋族と通じていた可能性は考えていたが。確かに」
通じていたと考えてはいたのだが、どうも違う。
倒した影陋族の首には呪枷の痕があった。外したのかと思えばそれだけではない。
ナドニメに確認してもらったところ、白い呪枷は外したものの、首筋に刻まれた隷従の呪術は有効だったという見立てだ。
上空から落ちて即死だったので話は聞けなかったが、あの影陋族の集団はトゴールトの何者かに命じられて戦っていたことになる。
「大断崖アウロワルリス。それを越えて影陋族の戦士団でも応援に来ていたのかと考えたが、違うか」
向こうから進んで奴隷になりに来るはずはない。
また、あれだけの戦力がむざむざ奴隷になるとも考えにくい。それなら西部で戦っている戦線に応援に行くだろう。
「元々トゴールトにいた奴隷……廃墟になっていたというマステスの港にいた者も含まれているのかもしれませんね」
だとしてもおかしい。
奴隷にあれだけの力があるはずがない。
どうやって力をつけたのかと考えれば、魔物を操る力があるというのだから、それを利用して魔物狩りでもさせたのかもしれない。
それにしたってどれだけの数を。数千、数万の命が必要になるだろうに。
多くの個体が生息していたとしても、密集して暮らしているわけでもなし。かなりの労力と時間が必要になると思うのだが。
「……」
「考えても仕方がない。今は敵を打ち破ることに専念する」
答えの出ない疑問に見切りをつけ、ボルドが首を振った。
「
特殊な敵に対処できるものは限られる。遠慮や甘い見積もりは被害を大きくするだけだ。
「私の持つ
「女神武具ですか」
それなら魔物には特に効果が高いと言われる。
鉄製品の武器に対しては強度が高いだけの武器だが、魔物の肉を切れば大きな苦痛を与えることが出来る。
女神レセナの遺物が武器の形を取ったもの。
ボルドが左手に構える歪んだダガーが割れた爪と呼ばれるメディキナリス。
二番隊隊長ヴィルップが振るう大槌は、真偽は不明だが女神の尾てい骨から出来たと言われるコクサ・ポエナ。
もう一つ、エトセン騎士団では保持している。今回の戦いには持ち出していないけれど。
女神の糸切り歯、濡牙槍マウリスクレス。ビムベルク愛用の武器だ。
ビムベルクが完全戦闘装備をする場合には、他にも千年級の魔物から作られた武具を身に着ける。その状態のビムベルクは間違いなく大陸最強と呼べる。
ビムベルクがいれば。やはりそう思わずにはいられない。
エトセンの町がほぼ空っぽ状態だ。町には当然のことながらアトレ・ケノス共和国などの密偵もいるだろう。
ビムベルクが町に残っていて、牢の鍵はボルドとエトセン公ワットマが管理している。アトレ・ケノスが手薄なエトセンに妙な動きをする可能性もある。
そういう意味では、単騎でも一軍以上の脅威であるビムベルクは楔になっているとも言えた。
「このままならもう数日もかかるまい」
珍しくボルドが楽観的な言葉を吐いた。
ツァリセの苦い心情を察したのかもしれないし、ただ単に自身に言い聞かせたかったのか。
「脅威を排除して憂いを断つ。本国からの情報ではコクスウェル連合はイスフィロセとの戦いに敗れたとも聞く。私たちの手で、奴らの歴史に終止符を打つとしよう」
やや芝居じみた大仰なセリフを口にするボルド・ガドランの顔には、疲れの色が濃く残っていた。
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