第二幕 020話 クジャ_2



「なるほど、それが呪枷の痕かの。噂には聞いたが」


 ルゥナの首に残る傷痕をしげしげと眺め、セサーカやミアデの首にも目をやる。

 メメトハのその目は、クジャの町を見てはしゃいだエシュメノの目に近い。

 珍しいものを見た、という。


「首にそのような傷、偽りの戯れにつけたわけではなさそうじゃの」

「……」


 当たり前のことを。


 メメトハが従者らしい者たちに目配せすると、彼女らは口元を隠した。

 笑みを、隠した。



「っ……」


 ルゥナがミアデの肩に手を当て、言葉を飲み込ませる。

 不愉快な態度。

 その気持ちは同じなのだが、それを知らぬものに分かれと言っても分からぬだろう。


「南部の清廊族は、殺されたか、人間の奴隷として生かされているか。そのどちらかです」

「ふむ、そうらしいのぅ」


 軽い声音に理解はない。

 そんな話を知っていると言うだけで、自分たちには無関係というような。



「あんた――」

「ウヤルカ、構いません」


 拳を握りかけたウヤルカも制する。

 争いに来たのではない。協力を得る為に来たのだ。

 物を知らない小娘の態度にいちいち腹を立てていては話が進まない。


「おお、気を悪くしたならすまぬ。南部の者など初めて見たものだからの。傷跡がない者もおるが?」

「エシュメノはニアミカルムの山で育ちました。人間と接触していません」

「その壱角はというわけじゃな」


 言われたエシュメノがどういう意味かとルゥナを見るが、軽く頷いて後でと促す。

 こんなやり取りで、汚れないエシュメノの心を汚したくないけれど。



「しかし、珍しい容姿の者も多いのぅ。人間と交わるとそうなるのかの?」


 いちいち癇に障る言い方をするものだ。


「珍しいというのなら貴女もですが……」


 金髪の清廊族など、ルゥナは初めて見た。

 それでもトワの容姿に比べれば珍しくないのかもしれないが。


 小柄な金髪の少女。というと、シフィークの仲間だったマルセナが思い出される。あれも世間知らずな様子だったし、他者の神経を逆撫でする性格も似ていなくもない。


「エシュメノは見ての通り壱角です。だから山で……魔物と共生出来たのです」

「壱角の容姿は異質だというからの。ああ、それで魔物か」


 ラッケルタのことは違うのだが、説明はしなくてもいいだろう。



「その銀灰色の娘は?」

「トワは生まれつきです」

「ふぅむ……灰色、のう」


 好奇心に満ちたメメトハの視線を、短い言葉で遮る。

 そんな目で仲間を見られるのは、やはり不快に感じた。



「それよりも、西部の戦いのことです。人間からこの大地を奪い返す為の」


 長話をしたいわけではない。むしろしない方がよさそうだ。


「そう急くこともあるまい。妾はそなたらのことを何も知らぬゆえ」


 初めて会う者からの、過去に聞いたことがない話だから。

 だからなんだと、ルゥナは言いたい。

 こうしている間にも多くの清廊族が苦しみ、踏み躙られているのに。


 西部では、今も血が流されているかもしれない。

 戦いを知らぬ場所で生まれ育つと、そんなことも想像できないのか。



 紡紗廟の中の一室。

 外は石造りだったが、中は木造になっている。

 極寒の地だ。石の壁だけでは、冬の気温で内部が凍り付く。


 いくら清廊族が寒さに強いとはいえ、極寒が好きだというわけではない。

 石造りの壁の内側に木で壁を立てて、二重構造にして少しでも寒さを和らげようとしている。

 その造りは、夏でもある程度の遮熱効果があり、中は涼しさを感じさせた。


 通されたのはなぜか私室のような部屋だった。

 広い。

 木製の卓と、やけに大きな寝台も並んでいた。


 絨毯が敷かれ、入る前に靴を脱ぐように言われて従う。

 素足で触れたその布地は、柄は特別なものではないが、かなりきめ細かく上質な素材に感じられた。



 クジャの中心である紡紗廟の中に私室を持っているメメトハ。

 只者ではない。

 多少、不愉快なことを言われても、彼女の機嫌を損ねない方が有益。



 アヴィとエシュメノは珍しそうに壁の燭台を見上げている。

 熱はない、光だけを放つ燭台。

 窓のない建物なので、壁のあちこちにそんな燭台が掛けられていた。


「魔石で光らせているんですよ」


 セサーカの説明を受ける彼女らの様子に、メメトハの従者たちがまた口元を隠して小さく震える。

 知らないものは仕方がないだろうに。


「人間は……油を燃やしていた、かしら」

「空気が澱むのと臭いが出るので、屋内ではこういう物の方が良いですね」


 魔具は安物ではない。

 ルゥナが思うに、アヴィが隷属させられていた冒険者はさほど裕福ではなかったのだろう。

 セサーカたちは裕福な商人の奴隷だったので知っている。その違いか。



「先ほども説明しました。アヴィの力があれば西部の戦況を変えられると」

「その話が本当なら、そうかもしれんの」

「放って置いたら状況は悪くなるばかりです。オルガーラとティアッテだって、いつまでも二人で」

「あれは氷乙女じゃ。人間などに遅れは取らぬ」

「なぜそんなことを」


「妾も」


 言い募るルゥナに、メメトハは嫣然と笑う。

 駄々っ子を諭すように。


「妾も、氷乙女じゃからな」


 得意げに。



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