第二幕 019話 クジャ_1
清廊族の村々は、どこも働き手が不足していた。
特に戦える者が少ない。
百五十年に亘る人間との戦いで、腕に覚えがあり志もある者は西部に向かっていった。
元々、数が多いわけではないので、そうして抜けた穴が埋まり切らない。
戦力という意味では、北東ヤフタ地方にもさほど余裕があるわけでもなかった。
村の近くに住み着いてしまった危険な魔物。
そのせいで、生まれ育った村から逃げなければならなかったという者もいた。
ここに住む彼らにとっては、差し当って人間以上に脅威となっている。
そんなものの話を聞いては駆除しながら進んだ為、クジャに到着した頃にはすっかり真夏だった。
「うわあぁ」
エシュメノが声を上げた。
彼女にとっては初めて見る光景だったのだろう。
白い城壁に囲われた大きな町。
ルゥナやミアデたちは、人間の町でこれ以上の規模のものを見たことがある。
そうは言っても、清廊族の町でこれほど大きなものは初めてだったので、感嘆の息は漏れたが。
石造りの外壁。
白く巨大な石を隙間なく積み上げたそれは、ニアミカルム山脈を背に荘厳な姿でルゥナたちを迎えた。
「……きれい」
清廊族の聖地クジャ。
ニアミカルム山脈を挟んでちょうど対称の場所にあることを、ルゥナ達が知ることはない。
黒涎山の反対側に。
門はあったが、門番はいない。
人間が攻めてくることがあるわけではないので、そのような習慣はなくても当然。
城壁の高い場所に見張りの姿があるのは、魔物に対してということだろう。
ニアミカルム山脈に近い。町の周囲には田畑が広がり、農作業をしている清廊族の姿が多くあった。
「今は農繁期ですね」
セサーカが辺りを見回しながら呟く。
カナンラダ大陸北部は極寒の土地だが、今は真夏だ。
農作物を育てて収穫するのは、この時期以外にはほとんど見込めない。
町に入ると、また雰囲気が違う。
道行く清廊族の視線を感じるのは、彼らの衣類が平均して綺麗で、ルゥナ達の衣服が薄汚れているから。
田舎者の集団、と。
ウヤルカは気にした様子はない。
アヴィも、初めてくるはずだが、まるで平気な様子で堂々としていた。
(頼もしいですね)
やはりアヴィはルゥナの心の支えだ。
いつもと変わらず凛とした背中に、少し気後れしていた自分の心が和らぐのを感じる。
「たっくさんいる」
はしゃぐエシュメノ。
ラッケルタやユキリンを連れて入っていいのか迷ったが、外に置いておくのも不安だったので連れていた。
視線を集めているのはそのせいもあるのか。
(いえ、そちらが目立つのですね)
卑屈な気持ちになりかけていた自分を恥じた。
町の奥に、一際大きな建物が見える。
これも白い石壁で出来た背の高い建物。
クジャの町の北から入ったので、その建物はニアミカルム山脈を背に建っていることになる。
「これが、あの……」
「真白き清廊、やね」
言葉に詰まったルゥナにウヤルカが続けた。
「ほんもんは山の上じゃけぇ、白い清廊ってとこかの」
本物と言われるのは、ニアミカルム山脈にあると言われる清廊族が魔神と契りを交わしたと言い伝えられる場所。
クジャにあるのは、それを模しているわけではないらしいが、清廊族の象徴として作られた聖堂。
雪の問題もあるのだろうが、高く尖った白い屋根は天を突き刺すように見える。
「
見慣れぬ集団が近づいてきたことで、入り口付近にいた警備の男に止められた。
「遠くから祈りに、というには……いささか物々しいご様子ですが」
着ている服装だけならば、ただ貧しいという風にも見える。
武装していることも、旅の危険を思えば不思議はないだろう。
だが、ラッケルタとユキリンは簡単に説明がつかない。
小型の魔物なら飼い馴らしている者も見るが、この二体は飼い馴らすには少し大きすぎる。
紡紗廟は決して閉ざされている様子ではなく人の出入りもあるが、さすがにこの集団は素通りさせることは出来ない。
警備に止められて当然だ。
「私たちは……」
言いかけて、ルゥナは一度言葉を飲んだ。
何から説明すべきだろうか。
「これはいったい何事じゃ?」
一同がルゥナの言葉を待った瞬間の静寂に、高く透き通るように響く声が差し込まれた。
数段高くなっている紡紗廟の方から。
「大きな魔物じゃのう。その方ら、どこのものじゃ?」
見れば、年若い少女がルゥナ達を見下ろしている。
「?」
赤い瞳は清廊族なら珍しくないが、金色の髪とは。
左右に近い年頃の少女を従えるように連れて、金髪の少女が笑う。
「その様子では、さぞ遠くから参ったのであろう」
「メメトハ様」
警備の男が様付けで呼ぶということは、それなりの立場なのか。
連れているのも、友というよりは従者といった雰囲気に見える。
ルゥナはそちらに向き直り、声を張った。
「私は、西部イザット出身の戦士、ルゥナです」
古くからの慣習ではない。
人間との戦争が始まってから、戦える者が名乗る際には戦士とつけるようになっていた。
西部でのことだが、おそらく北部でも通じるだろう。
メメトハと呼ばれた少女は、ルゥナの名乗りに少し首を傾ける。
「その若さでのう……イザットと言うのは?」
年齢ならメメトハの方が若いと思ったが。
「人間に、滅ぼされました」
ルゥナの生まれ育った地域は、今は人間の勢力下のはずだと。
実際には人間の支配下でもなくて、ただの廃村の状態なのだが、この時点ではルゥナは知り得なかった。
「そうか。苦労したであろう」
「同行しているアヴィの特異な力に助けられ、人間に囚われていた清廊族を解放してここまで来ました。長老とお話をしたいのです」
「ほう?」
「なんと……」
メメトハも、傍で聞いていた警備の男も、ルゥナの言葉を聞いて目を瞬かせて呻いた。
聞いたこともない話だろうから無理もない。
「事実です。クンライとヤフタの地域の村長方からの文もあります。長老とお話を」
「こん子らがアウロワルリスを越えて来たんは本当やね」
ウヤルカが続けて話すと、メメトハたちの視線がウヤルカとユキリンに向けられる。
「ウチはクンライのウヤルカ。アウロワルリスを見るお役目をやっとった」
「ああ、そなたの話は聞いておるぞ。それが雪鱗舞か」
ユキリンを友とするウヤルカの噂は、ここまで伝わっているらしい。
メメトハの後ろにいた少女たちが肩を縮めたところを見ると、悪い噂も届いているのではないだろうか。
ルゥナの視線に、ウヤルカが苦笑いを浮かべて頷いた。
この北部と東部は交流もある。
珍しい魔物を従えた問題児という噂話が、狭い清廊族の社会で広まることもあるだろう。
良いことも、悪いことも。
「アウロワルリスを越えた、など……」
警備の男は信じられないというように首を振る。
「それでは人間も、越えてくるのか?」
「その心配は、すぐにはないでしょう。わかりにくく困難な道でしたし、かなり強力な氷雪魔法がなければ」
だが可能性が無ではない。
ルゥナ達が見つけて進んでこられたのだから、人間に不可能だとは言えない。
「その人間との戦いの為にです。長老とお話を」
「まず妾が聞こう。その方ら、ついて参れ。その魔物は連れてくれるな」
そう言って紡紗廟へと歩き出そうとするメメトハに、警備の男が声を掛ける。
「メメトハ様、長老方にお伝えした方が……」
「必要であれば妾がそうする。そなたが気にせんでよい」
男の言葉を遮り、振り向いて、ついて来ないのかとルゥナ達を見た。
長老ではない。だがある程度の立場はあるようで、警備の男も迷っている。
他の通行人の目も集めていて、いつまでも紡紗廟の正面に立ち尽くしているのも邪魔だろう。
話を聞いてもらえるのであれば、まずはそれでいい。
ルゥナは一部の仲間を外に残して、メメトハの背中について紡紗廟へと入った。
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