第二幕 018話 呪いの首輪_2
プリシラは楽しい。
蹂躙するのが楽しくて、楽しいから蹂躙する。
楽しいだけではだめだ。
主の命令だから、プリシラに蹂躙するための力をくれた主の命令だから、命令に従って蹂躙する。
麻袋に詰めた中身からは、プリシラのお腹を刺激するような匂いがする。
しかしダメだ。
これは主から命じられて調達したもの。食べ物ではない。
「?」
何か、異様な気配を感じた。
絶大な何かを。
村から、トゴールトの町に向かう間道。もうトゴールトに近いけれど。
茂みの奥から、異様な力を感じさせる気配と、やはり食欲を刺激するような匂いが。
「……あら、貴女でしたの」
茂みの奥の気配は、プリシラの知るものだった。
主の、主。
女神の子。
「それは……?」
「腹を裂いた」
女神の子は、プリシラの持つ麻袋を訊ね、プリシラの答えに頷いた。
「ああ」
「材料が足りないから、調達」
プリシラの言葉は、たどたどしい。
生まれ育った家は貧しく、尊い人と話すことなどなかった。
しかし、慣れないけれど言葉は喉から出てくる。
主からもらった赤い首輪をつけてから、言葉が……素直になった、と思う。
気持ちや感情を、素直に口に出来る。
逆に隠し事や嘘は言えないが、別にそんな必要もないと感じていた。
偽る必要などない。
「そうでしたか。それにしては、随分と血生臭い様子ですけれど」
「腹を裂くと言ったら、村の者に襲われた」
「それで、お食べに?」
「うん」
女神の子が、とんとんと頬を指差す。
それに倣ってプリシラが袖で口元を拭うと、顔についていた血が袖を赤く霞ませた。
満足げに頷く女神の子。
強くて、美しい。
プリシラの主が主と認める少女。
年齢だけなら、プリシラと大して変わらない気がする。
けれど絶対的な存在だと、肌で感じられた。
「主の主も……」
プリシラからも、頬を指し示す。
女神の子。その美しい
「あら、わたくしも? お恥ずかしいですわね」
気が付いて、その青黒い筋を手の甲で拭い、舐めとる。
「……食事?」
「貴女のご用事とも無関係ではありませんわね。素材の為に、わたくしも血を提供しすぎたものですから」
血が、不足した。
だから補充する。
プリシラにもわかる。自然なことだ。
茂みの奥には、なんだろうか。
魔物の幼生体の、皮。体液を失ったそれのような。
「久しぶり、だったかしら」
「食事?」
「ええ」
そういえば、と女神の子が少し首を傾けた。
「赤い呪枷……その、狂無の朱環とやらは、魔物の力を人間に与える、のでしたか?」
「うん」
プリシラの首にある赤い首輪は、珍しいものなのだと。
その効果を説明するには、プリシラは知識も語彙も足りない。
ただ、自分に与えられた力を振るうだけ。
「他で見たことはないのですけれど」
「実験、で。プリシラが三回目だって……」
見たことがなくて当然だろう。
主以外にこれを使えた人はいなくて、主でもプリシラが三度目なのだから。
「プリシラが、一番の成功だって。主が」
「ガヌーザが? それは良かったですわね」
女神の子はわかってくれた。
この赤い首輪が、プリシラにとって誇りなのだと。
我慢しかなかった今までのプリシラを変えてくれた大事なもの。
もしこれを馬鹿にされたら、たとえ主の主でも、たとえ絶対的な力があるとしても、プリシラは噛みついたかもしれない。
良かった。さすが女神の子だ。
話していたら、また別の誰かが近づいてくる気配がある。
町の方から、蹄の音を立てて。
「マルセナ様! こんな所に……プリシラ、でしたか?」
騎乗していた黒い翔翼馬から降りて、女神の子に駆け寄る。
プリシラも思い出した。女神の子はマルセナという名前だった。
「イリアさんをあんなにして、一人で出かけ……一人では、なかったのですか?」
ちらりとプリシラに目を走らせて、少し迷うように訊ねる。
「一人でしたけれど」
「あんな風にイリアさんを拘束して……目隠しに猿轡を噛ませて放置されて、泣いていましたよ」
「あら、解いてしまわれましたの?」
楽しみにしているのに、という様子のマルセナに、ゆっくりと首を振る女騎士。
「そのままですが……一人でお出かけなどおやめ下さい」
「ごめんなさい、クロエ。そんなに怒らないで」
マルセナが、女騎士に寄って頬を撫でると、撫でられた女騎士は俯き加減に口を尖らせた。
「怒っているわけでは……ですが、どんな危険があるともわかりません」
もう一度、マルセナがごめんなさいと耳元で囁きかけた。
「ノエミには、気配を殺してイリアを観察するように命じたものですから。クロエはお仕事があったでしょう?」
「マルセナ様をお守りするより大事なことはありません」
女騎士の言い分にマルセナはそれ以上は反論せずに、彼女が乗ってきた黒い翔翼馬に一緒に騎乗する。
抱きすくめられる格好で。
「プリシラは、大丈夫かしら?」
「うん。あるじのところに帰るだけ」
心配されることはない。
荷物を持って主の作業小屋に戻るだけのことだから。
乗せてくれるという話だったのかもしれないが、おそらく怖いだろう。黒い翔翼馬からしても、プリシラを乗せるのは。
プリシラの宿す魔物の気配は、きっとこの翔翼馬には心地よくない。
駆けて飛び立つ黒い雄姿を見送り、プリシラも歩き出す。
麻袋の中身は、早く届けた方がいいだろう。
女神の子の為に呪術の魔具作成をしている主は楽しそうだ。
その主を手伝えるのなら、プリシラも嬉しいのだから。
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