第二幕 014話 進む道、見つからぬ道_2
「これ、すっごくいい。いいよ」
にへらっと笑うミアデの顔の明るさが眩しい。
ネネランは自分の前髪越しに見えるミアデの真っ直ぐな笑顔に、少し気恥しい気分を感じた。
「ありがと、ネネラン。とっても助かる」
「いえ、それほどでも」
ミアデが軽く足を上げて見せるのは、脛から足の甲までを覆う脛当てだ。
ネネランが作った。
裁縫は苦手ではない。
ラッケルタは真冬になると冬眠する。寒さが苦手なので、肌寒い季節には適当な皮や布を集めて体を覆う胴巻きを作ったりしていた。
その応用をしただけのこと。
「ほらほら、エシュメノも」
「う、うー」
やや警戒するように上目遣いになるエシュメノ。
額から耳周りを覆う鉢巻のような頭防具をつけて、ネネランを睨む。
その額の壱角は、ちょうど開けた穴から突き出し覗いている。
「……いらないって言ったのに」
「頭打ったら危ないんだから、良かったじゃん」
ミアデに言われて、渋々といった風に頷くエシュメノに、ネネランも胸を撫でおろした。
真っ先に先頭に立とうとするエシュメノに、少しは防具を身に着けておいてほしい。
素材は、
非常に硬質であると同時に、口周りは伸縮性が高い。
それを使えばいくらかまともな装備が作れないかと思ったのだが、思いのほかよく出来た。
肌に当たる部分には、山小屋に残されていた古布などを使って、村で針や糸を借りて作ってみた。
固い素材だが、針で貫くことは出来た。この針ももしかしたらいい素材なのか。
エシュメノの為にと思って作ったのに、エシュメノは嫌がった。
装備なら、いつもの籠手兼短槍があるからと。
近くにいたミアデに、ぽいっと渡してしまう。
ネネランの前髪に隠れた目尻に涙が溢れそうになったのに気づいたのか、ミアデが宥めてくれた。
せっかく作ってくれたんだから、と。ミアデは優しい。
エシュメノの額にそれを巻き、脛当てもと続けようとしたのだが、エシュメノが拒否した。
それ、嫌だと。
足甲の先端に、顎喪巨蟲の牙が突き出していた。
防御と攻撃を兼ねてと思ってみたのだが、あの魔物に食われそうになったエシュメノとしては良い印象ではなかったらしい。
代わりにミアデが身に着けることにした。
二人の体格は近い。
牙付き脛当てを装備したミアデは、山際を移動している途中に現れた巨躯の猿の魔物に、さっそくその脛当てで挑んでいった。
使用してみての感想が、すっごくいい、と。
「ニーレちゃん、それどう?」
「前のよりはいい、かな」
まだ慣れない、というように弦を軽く引くニーレ。手にしている弓は、村で新たに譲ってもらったものだ。
前の粗末な弓に比べて少し大きい。
その弓で、猿の魔物の目を射抜いていた。
「業物、ですね」
「そういうのあるの?」
古びた包丁を眺めて呟くトワに、ニーレがやや呆れたような声を掛ける。
こちらも村で譲ってもらったものだが、先祖代々受け継がれてきた包丁なのだとか。
業物かどうかはともかく、しっかりとした材質で作られたものだから、長い年月の使用が出来ているのだろう。
清廊族の先祖代々と言ったら、数百年単位なのだし。
「っていうか、なんで包丁なの? トワちゃん」
「使い慣れてしまったからですけど」
包丁を手に微笑むトワ。
「持ち運びにも邪魔になりませんよ」
ネネランの目から見ても、トワは際立って美しい。
エシュメノより愛らしいいと思うことはないにしても、刃物を手にする美少女というのは絵になるものだ。
「ネネランの槍もいいのがあったら良かったのに。ねえ、エシュメノ?」
「……ソーシャは、あげない」
ミアデはとても優しい。
エシュメノがネネランに距離を置こうとするのを取り持とうと、気を遣ってくれている。
当の本人は、大事な短槍を渡さないというように身構えているけれど。
「大丈夫ですから、エシュメノ様。その槍だと、ラッケルタの上からは届きませんし」
「……あげない」
もらうなら槍よりもエシュメノを、と言いたいところだ。
「取り上げたりしませんよ、エシュメノ様」
その短槍が大切なものだということもわかっている。
村でいくつかの武具や衣類を譲ってもらった。
アウロワルリスを越えてきたという事実。
また、腕試しとして村人の前でアヴィが圧倒的な力でウヤルカを制圧してみせた。
ミアデとエシュメノの試合まがいの稽古も、村人の目には相当な強者と映ったようだ。
この集団であれば、清廊族の大きな戦力になり得る、と。
滞在中にも周囲の魔物を狩って、実力を示すと同時に村周辺の安全確保。食料の足しにもなった。
旅立ちの前にいくらかの物資と一緒にもらった武具。
ネネランの槍は、決して上等な物とは言えないが、贅沢は言えない。
そもそも長槍など村ではあまり必要とされないのだから、使えるものがあっただけでも有難い。
「ウヤルカさんは珍しい武器を使いますね」
エシュメノの短槍から目を離して、倒した猿の魔物の前で腕組みしているウヤルカを見る。
長物だが、槍ではなくて先端が片刃の剣のようになっている。
薙刀。
黒塗りの柄に、なぜだか細い鎖が巻き付けられている。
「やはり、お強いですね」
この辺りで一番の戦士だと言われていたが、戦いぶりも見事だった。
ユキリンに騎乗して、薙刀で猿の魔物をすれ違いざまに両断する技量は只者ではない。
ラッケルタに騎乗することが多いネネランとしては、負けていられないと思う。
「エシュメノ、駄目だよ」
ミアデが手を腰に当ててエシュメノに厳しい目を向けた。
「ネネランは優しいじゃない。エシュメノの為にやってくれてるんだから。どうして仲良く出来ないのさ」
「……知らない」
「いいんです、ミアデさん。私が勝手にやっているんですから」
無理強いするつもりはない。
ネネランはエシュメノに避けられている自覚がある。
それは寂しいけれど、何かエシュメノの役に立てるのならネネランはそれで十分だ。
「だってネネラン……」
「ミアデ、少しいいですか?」
言いかけたミアデに、少し離れた場所からセサーカの声が掛けられた。
まだ何か言いたそうだったが、仕方ないというように歩いていくミアデ。
やはりミアデは優しい。
その背中を見送ったエシュメノが、横目でネネランを見る。
「……ネネランは、ソーシャじゃない」
「はい」
責めるようなエシュメノの瞳。
エシュメノの気持ちまではわからないが、その目は決してネネランを責めているわけではなさそうだ。
「でも、この額当ては……使うから」
「はい」
礼の言葉はない。
それでも、ネネランには十分なのだから。
※ ※ ※
「何かありましたか?」
猿の魔物の死骸を前に、ウヤルカは無言で腕組みをしている。
群れを作る魔物だったが、今のルゥナたちの戦力では脅威というほどでもない。
新しい武具の練習相手にはちょうどいいという程度。
「この時期にここいらにおるのは珍しいんよ」
訊ねたルゥナに向けて、くいと顎で魔物の死骸を指す。
「そういうものですか」
「そんだけじゃ、まあ珍しいっちゅうだけの話やね」
ルゥナにはこの辺りの魔物の生息域はわからない。
ウヤルカがそう言うのならそうなのだろう。
「それにしても、見事な戦いぶりですね」
「はは、そうじゃろう。ウチもけっこう自信あったんじゃけど」
その笑顔は、自慢が半分と、他の仲間たちの強さを改めて目の当たりにして驚いたというようでもある。
「それは、薙刀……ですか?」
「そうじゃ。この鎖を巻いたら折れにくくなったけぇ、助かっちょるよ」
補強の為に、柄に細かい鎖を巻いているらしい。
ルゥナにはよくわからないが、木製の柄ではウヤルカの力を受け止めきれないのだろう。
ユキリンの羽を斬らないように振るうのにも慣れているようで、頼もしい。
「まだようわからんなぁ」
「何がですか?」
組んでいた腕を解いて、肩をぐるぐる回すウヤルカ。
「んー、アヴィ様のな。魔物を狩ったらもっと強うなる恩寵ってゆう」
「一日や二日ではそこまでの差は出ません。クジャに着く頃にはわかるかと思いますが」
恩寵の実感がわからないと。
ウヤルカはあまり気が長い方ではなさそうだ。
クジャまでは二十日以上ほどかかるというから、それまでには肌でわかるだろう。
「ネネラン達だって、少し前までは満足に戦ったこともなかったんですよ」
「そうやね。力はありよるのに、武器の使い方は全然やもん」
筋力などは増していても、戦い方にはまだ不慣れさが目立つ。
それでもネネランは頑張っている方だと思う。
エシュメノと一緒にいたい一心で慣れないことを頑張っていると思うと、エシュメノはもっとネネランに優しくしてあげてほしい。
ミアデやセサーカは、いくらか修羅場を見てきたからか、戦い方にも余裕を感じさせる。
余裕は感じさせないが、一撃必殺といった雰囲気のエシュメノの戦い方もレベルが高い。
ニーレの弓の上達ぶりは見事で、彼女はやはり冷静で視野が広い。
少し変則的で危なっかしいユウラとトワをうまくフォローしてくれる。
非戦闘員の同行もなくなり、アヴィとルゥナが気を配る必要も減った。
山沿いを、西北西に向かう。
ニアミカルムの峰は相変わらず高く天に聳えている。
頂は雲に隠れて見えない。
裾から広がる木々が山の途中まででふつりと切れているのは、そこから上は樹木が生育できる標高ではないからだ。
「……嵐、でしょうか?」
南側からはよく見えなかったが、こちらからは見える。
「天辺の方はな、いつもなんよ」
青黒い雲が、山沿いに天へと吹きあがるように縦に流れていた。
「さて、まだ先は長いけぇ、進むかの」
「そうしましょう」
魔物との遭遇戦も無駄ではない。
訓練にもなるし、力を得ることも出来る。
食料にもなるが、この猿の魔物を食べる気にはならない。
ヤフタ地域を抜けて、クジャへと向かう。
そして西部へと。
気持ちばかりが急いでも仕方がない。
だが、焦る気持ちはある。
一日一日と、人間はその数を増やして、清廊族はその数を減らしているのだから。
「急ぎましょう」
清廊族が流した血は、どれほどの人間の血が流されても贖うことは出来ない。
けれど、人間がこの大地にいる限り、清廊族の痛みと苦しみが消えることはないのだから。
少しでも早く、この状況を変えたい。
清廊族が笑って過ごせる大地に。
(アヴィは……それでも、笑ってはくれないかもしれないけれど)
どこかにないのだろうか。
アヴィが笑顔で過ごせる道が、どこかに。
もしそれを見つけられるのなら、寄り道でも回り道でも、ルゥナはその道を選ぶのに。
※ ※ ※
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます