第二幕 008話 辻褄が合うほどに消えぬ疑念



 バニルはコクスウェル上流階級出身の軍官だ。

 軍務と政務の両方に携わる貴族は少なくない。


 特に開拓地カナンラダでは、政治的なことを理解している人間が多くないので、大抵は両方を求められる。


 コクスウェル連合の一都市に本家はあるが、それこそ政治的な理由もあり新大陸へと派遣された。



 バニルは普段は港町マステスの領主の補佐を務めている。

 税務官は別にいるので、やっていることは治安維持や港湾周辺の海の魔物の駆除の指揮といったことが多く、軍官であるという意識が強い。


 マステスの北に位置するトゴールトの町。

 共にコクスウェル連合がカナンラダ大陸での主要拠点とする町であり、トゴールトは食料供給の要でもある。


 そのトゴールトで暴動なのか反乱なのか、理解不能な事態が起きたと報告があれば、マステスの領主が何もしないわけにはいかなかった。

 マステスの領主は、コクスウェル連合が定めるところの、このカナンラダでの総督になるのだから。


 政争なのか反逆なのか、噂や報告を聞く限りでは全く意味がわからなかった。

 不測の事態も考慮して、荒事にも対応できるだろうとバニルが使者として遣わされたのは妥当な選択だと言えよう。

 勇者には及ばぬものの、準勇者と呼ばれる程の力がある。


 パシレオス将軍が死んだというのなら、それだけの何かがあるのだろう。




「……どこまでが本当なのやら」


 トゴールトの領主ピュロケスは、目に見えてやつれていた。

 演技とは思えない様子で。

 信頼していた軍官に裏切られ、町に大きな被害が出て、子供も失った。

 そういう事態の後であれば、あんな顔にもなるだろう。


 パシレオス将軍の子飼いは全滅。

 町の戦力も、天翔騎士の一部などを除いて大きな被害を受けたのだと。

 町の中で一番被害が大きかったのが、高級商店の区画と冒険者ギルド。

 というのが、なぜなのか。


 町の中心街であるそこで大きな爆炎魔法が乱発され、そこに目が向いた所で城門での魔物の襲撃。

 西門に現れたのは赤い粘液状の魔物だったと言うが、その正体は不明。

 南門は、黒い煤というか影というか、誰もその形状を把握できておらず、やはり正体不明。

 天翔騎士のクロエや居合わせた冒険者の活躍によりそれらは解決したと。


 それから一日半後に、パシレオスの部隊による襲撃。

 全ての仕掛けがパシレオスだったとして、なぜタイミングがずれたのかと聞けば、天翔騎士サフゼン率いる天翔勇士団が抗戦していたからだと。


 戦力的な内容や詰めの甘さが納得しきれないが、結果はこうなっている。

 それとは別に動機もわからないが、それらは調査中らしい。


 隣接しているルラバタール王国の英雄ビムベルクとその副官が近くに来ていたという話もあり、裏で通じていたのかもしれない。

 ピュロケスから受ける報告とは別に、そのビムベルク達の話はマステスでも確認されていた。


 何の理由か、他国の軍幹部がレカンの町から東進したのだと。

 英雄ビムベルクと、奇手の・・・ツァリセ。聞けば油断していい相手ではない。


 コクスウェル連合ではかなりの立場であったパシレオスに、それ以上の魅力ある提案があったのかもしれない。

 トゴールト地方を確保することが出来たら、ルラバタール王国にとっては大きな戦果だ。

 話の辻褄は、合わないようで、合うようで。



「どこまでが本当なのやら」


 パシレオスの反逆とは別のシナリオで、ピュロケスが色気を出して独立自治でも考えたのかという疑いもあったのだが。


 町に潜ませていた密偵も何も掴んでいない。噂話と似たような報告ばかり。

 屋敷にいた密偵の生き残りに裏を取ってみても、ピュロケスの話とちょうど噛み合ってしまう。


「……落ち着かん話だ」


 世の中には、確かに俄かには信じられないようなことも起こるとバニルは知っていた。

 想像を超えた事態というのはあるし、このカナンラダに関してはまだ歴史が浅い土地なので余計に起こり得る。


 だがそんな時でも、渦中にあっては、矛盾と感じられる話が出てくるものだ。

 やはりそんな突飛なことはないのではないか、と思わせるような安心材料というか、否定的な話というか。


 今回、それがあまり見当たらない。

 異常な事態で、異様な話なのに、入ってくる報告はなぜかそれらを肯定的に感じさせるような話ばかり。

 それならそれが事実なのかと言ってしまえばいいのだが、それがどうにも落ち着かない。


 話が、作られているような。



「……考えすぎだな」


 バニルも疲れているのかもしれない。


 町の被害の状況も確認した。

 兵舎はもちろん、魔物を使役する獣使隊の施設も確認した。

 ここしばらくほとんど使われていない。臭いでわかる。


 トゴールトの戦力は明らかに激減している。

 偽装という可能性も考えたが、やはり町からの情報提供を確認して、実際にそれらの戦力が先の戦闘で壊滅したのは事実のようだ。


 仮にピュロケスが裏で反逆を企てていたとしても、この戦力の低下は一年やそこらで回復できるものではない。

 万一見落としがあったとしても、ただちにマステスが困った事態になることはないだろう。


 逆だ。

 今度はトゴールトの防衛戦力が低すぎる。


 ルラバダール王国が宣戦布告と共にトゴールトを占領などとされたら、マステスの町が飢えることになってしまう。

 異常な事態で、使者という名前の内部監査に入ったバニルではあるが、本来トゴールトは味方陣営の領地なのだ。



「……俺が考えてもどうにもならないか」


 これらの情報をマステスの総督を含めた上層部に上げて、判断するのはそちらに任せるしかない。

 総督権限で、ピュロケスからトゴールト領主の座を剥奪、拘束となるかもしれない。

 それまでにはもう一度や二度は査察や事情聴取があるだろうが。



 夏だ。


 トゴールトから出て進む街道の周囲には、青々とした麦やら唐土もろこしやらの穀物畑が広がっているのが見える。

 この周辺だけではなく、沿岸部の人々の食料にもなる実り。


 これらの収穫がされる頃になっても、ようやくトゴールトは壊れた建物の修繕が終わる程度だろう。

 戦力の回復も、体制の立て直しをするにも時間が足りない。



 結論を急ぐことはない。

 バニルは日差しを浴びて育つ麦畑の光景を目に収めて、自分の心を波立たせる焦燥感を忘れることにした。



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