第二幕 005話 コクスウェルの密偵_1



 高級な金細工でも扱うように、丁寧に、愛を込めて。

 ざらりとした凹凸のある金板で、そっとその爪と整える。


 美しい素足の左を、イリアが。

 反対はクロエが。どうして触れることを許されるのかイリアにはわからないけれど、クロエが同じようにしていた。


 爪を整えるよう二人に任せたマルセナは、両足を台に乗せて、自身はベッドにもたれながら二人を眺めている。

 その表情は、特に何かを思う様子ではない。



「あぁ……」


 マルセナは足の指まで美しい。

 女神が愛を込めて造形した最高の女性なのだとイリアには信じられる。


「いかがでしょうか、マルセナ様?」


 クロエが喋ると、足に息がかかったのか少しくすぐったそうにマルセナが身を震わせた。

 せっかくマルセナに触れられる時間だ。イリアは聞かない。


「もうお終いにしましょうか」


 そう言われてしまったら、触れられなくなってしまうのだから。



「いえ、あの……あまりやりすぎると、マルセナ様の御御足を痛めてしまわないかと」

「そうですわね……イリアと違ってクロエは手早くやって下さったのかしら」

「あ、う……」


 実際にそうだった。少しでも長く触れていたくて、わざと時間をかけている。

 言い当てられて口籠るイリアを見て、マルセナは楽し気に続ける。


「クロエにはご褒美が必要でしょう」


 ずるい。


「マルセナ様に尽くせるのであれば、それが何よりの悦びですから」


 うるさい、ばか。そんなの当たり前だ。


「駄目よ、クロエ。わたくしが褒美を差し上げたいの」


 マルセナが言いながら見ているのはイリアの方だ。

 イリアの顔に浮かぶ不満を愉しんでいる。



 クロエは少し考えてから、遠慮がちに口を開いた。


「あの……御御足おみあしを、頬に触れさせていただいても……?」

「そんなこと? 好きになさい」

「ありがとうございます、あぁ」


 許可を得て、うっとりとマルセナの素足に頬ずりするクロエ。

 視界の端に映ったイリアに対して見せる微かな嘲りの色が、イリアの心を波立たせる。



「マルセナ、私……」

「いけませんわ。今はクロエのご褒美なのだから」


 言い訳をしようとしたイリアに、子供をあやすように首を振るマルセナ。

 イリアの唇が尖り、マルセナが嬉しそうに笑った。

 愉しんでいる。我慢を強いられたイリアの顔が曇るのを。



「クロエ、頬に触れるだけでいいんですの?」


 煽るようにクロエに訊ねる。もっと良いご褒美をあげようかと。


「はい、それだけで十分に……」

「わたくし、嘘は嫌いです。素直にお答えなさい」


 遠慮するクロエに対して、マルセナの声の温度が冷たく響いた。

 クロエの体がびくっと震えると、今度は優しい微笑みをクロエに向ける。


「貴女は、命じられないと言えないですか? わたくしに、素直に」


 イリアのように命令がないと言えないのかと問われて、クロエは首を振った。


「あ……いいえ、マルセナ様」


 呪枷がなくてもクロエは良い子だと主張するように、頬ずりをやめないで言葉にする。

 あさましく欲深な願いを。



「口にさせていただいても?」

「それだけ?」

「あの……私の体に、マルセナ様の御御足を……」

「好きになさい」

「汚して、しまうかも……」

「好きになさいといいましたわ。三度目が必要かしら?」


 慌てて首を振り、恐る恐るといった様子で口を開けるクロエ。

 紅潮した顔で、朱色の舌を欲望のままに這わせる。


「ん」


 くすぐったそうにするマルセナだが、クロエが続けるうちに慣れて来たのか、マルセナの首筋も少し赤らむ。

 イリアは見ているだけしか許されなくて。


「は、む……ふぁ、ん……」


 クロエはマルセナの反応を見ながら、より喜ばれるようにと自分の舌を使う。

 足の指の間、土踏まず、踵へと。


「クロエ……わたくし、貴女の喜ぶ顔を見たいかしら」

「はい……」


 クロエは唾液に塗れたマルセナの足を自身の胸元に持っていき、抱きしめるように身を擦りつける。

 そうした後に、今度は臍に。遠慮がちに下へと持っていった、

 マルセナは満足げにその様子を見ながら、体を小さく揺らすクロエに時折わざと指を動かして弄ぶ。



 とんとん、と。

 ドアを叩く音にクロエの体の揺れが止まった。


「続けなさい、クロエ」


 人の気配に恥ずかし気にするクロエだが、マルセナは許さない。

 クロエとしても、これでお終いとされるよりも、恥ずかしくても続けたいと思ったのだろう。


「……はい」


 続けて揺れる体は、先ほどよりも少し力強くなっていた。


「入りなさい」


 マルセナの許可を受けて、ドアが開かれる。

 連絡係にと命じている侍従の娘だ。


 よほどのことがない限り、この部屋を訪れるのはこの娘だけになっている。

 領主の屋敷にいた人間の多くは殺してしまっていたのだが、数少ない生き残りの女官。

 マルセナに臣従しているが、念のために首筋に呪枷を刻んであった。



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