第一幕 111話 やみ、晴れて_2



 あの時、私は。


 震える。震えが止まらない。

 私はあの時、手を伸ばせなかった。

 怖くて、止まった。


 ――違う。


 違うことを私は知っている。

 私はあの時考えてしまった。


 このまま、消えてしまえば――


 ――違う!


 そんなこと考えていない。

 私は、そんなことを考えてはいけないのだから。



 仲間を集めて、皆で目的を果たす。

 その為に犠牲が出ることはあるかもしれない。

 それが自分の番になることも、ないとは言い切れない。

 だとしても、人間を滅ぼすという目的に進む一歩になるのなら、後悔はない。


 でも、あの時の私は。

 理想や使命や目的のことなど全て忘れていた。

 ただ、このままトワが消えてくれたら――


 私の罪も、消えてしまう。


 自分のことだけだ。

 利己的な都合が頭に浮かんだ。

 その方がいいんじゃないか、って。


 トワの力はとても有用で、彼女自身も動機がどうであれ献身的に仲間に尽くしてくれている。

 だというのに、私は私の為だけに、私がアヴィに捨てられたくないという気持ちだけで、トワを見捨てようとした。



 最低だ。

 最悪で、邪悪で、醜悪だ。

 こんな裏切りが許されるはずがない。


 恨みの一つも見せずに崖に落ちようとしたトワに対して。

 何も知らずに私を慰めようとしてくれるアヴィに対して。

 こんな裏切りが、あっていいはずがない。



 なのにまだ、私はまだ……まだ、我が身可愛さに怯えている。


 トワは、見ていた。

 私が手を伸ばすのをためらった姿を、トワは見ていた。

 知っているはずだ。

 私が彼女を、私の罪を隠す為に見捨てようとしたと。


 怖い。

 トワの存在が怖い。

 彼女の口からこれが他の仲間に知られたら、どうなってしまうのか。

 せっかく心をまとめかけた仲間たちを失うかもしれない。


 ――違う。


 私が、嫌われるかもしれない。

 皆に。

 アヴィに。

 嫌だ。

 失いたくない。嫌われたくない。


 どうしてトワが生きているのか。

 あのまま死――



 そんな気持ちを抱いてしまう自分がまた憎くて、泣いた。泣き喚いた。

 誤魔化すために。


(私は、なんて……なんて卑怯で、卑劣な……)


 どうしたらいいのかわからない。


 アヴィから離れたら、もう二度と戻れない気がして、泣いて縋った。

 私が取り乱していれば、アヴィは私から離れない。

 その温もりに甘えて、独占したくて。



「ルゥナ」


 優しく囁きかける声。


 痛い。

 とても痛い。

 優しい声は、清らかな水だ。

 救いようがないほど汚れた私の心には、ひどくみる。擦り傷に水を掛けるように。


 救えない。

 こんな私の汚濁に塗れた心は、どうやったって救えない。


「ルゥナ」



 でも、その声は甘いのだ。

 蜜を求める虫のように、その甘さを吸い続けた。



  ※   ※   ※ 

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