第一幕 112話 親愛表現_1



 見張り小屋の近くに泉があった。

 逆だ。水源の近くに見張り小屋を作ったのか。


 北側も、東に向かって山脈が伸びている。

 アウロワルリスの崖よりもさらに切り立った山の上から、まるで天から降り注ぐように滝が落ちてきて、その滝壺が泉を作っていた。


 泉から流れる水は、北と南に。

 南の崖に流れた水は、またそこで滝となり、霧を発生させている。

 崖の南側からこちらを見ても、視界が悪くよく見えない。

 それはこの霧の為だったらしい。


 逆に、北側からは南の大地がある程度は見渡せる。距離があってはっきりとまでは見えないが。




「下で燃やかしてたんはあんたらだったかの」


 もう十日以上前になるそうだが、ミアデ達が崖の反対側で戦っていた時、ウヤルカはここから見ていたのだと。

 崖の下で距離もあるからはっきりとは見えなかったが、何かが争い燃えているのに気づいて。


 泉で水浴びをしながら、その時の様子をミアデに話してくれた。

 水浴びしているミアデに向ける視線が、やや強すぎるとは思う。


(ま、ウヤルカも綺麗だから見ちゃうけど)


 ウヤルカは高山で生活しているためか、やや日焼けした健康的な肌をしている。

 ミアデから見ても、引き締まった体が美しい。

 しなやかで、すらりとしていて、少し日焼けした肌もきめ細かい。


(……なんで日焼け跡が全身なんだろ。服のラインとか出ないのかな?)



「翔翼馬に乗った人間がなぁ、崖の下をちょろちょろしよるんは見とるんよ」


 遠目で確認できているらしい。


「あんまま進めばアウロワルリスに食われるけぇ、放とるんのやけど」


 ただ飛んでくるだけなら、越えられるものではない。

 そういう理由で、あまり気にしていないということだった。


 ユキリンも、トワを拾った後は大急ぎで退避していた。

 霧食虫のこともあるだろう。言い伝えでは他にも脅威があるということで、あんな緊急事態でもなければ崖を飛んだりしないのだと。



「そがなんあったけぇウチも気になっとって。よけに崖を見とったら、あんたらが上がってきてのぉ」


 あの戦いのことがあったから、ウヤルカはこの数日いつもより余計に崖の方を見ていたのだと。

 普段ならいなかったかもしれないウヤルカがそこにいてくれて、本当に助かった。



「ありがとう、ウヤルカ。本当に助かったよ」

「ミアデもかわええなぁ」


 礼の言葉を聞いているのかいないのか、ウヤルカはにへぇっと笑ってミアデの背中を洗う。

 ただ洗うというよりは手つきが少し卑猥だ。


「あのね、ウヤルカ。あたしにはちゃぁんと好きな相手がいるんだよ」

「こういうんは裸の付き合い言うてな。別なんよ」


 少し離れたところで困ったように笑っているセサーカがいるが、助けてくれそうにない。

 この場で無体なこともしないだろうという考えもあるだろうし、自分に被害が及ぶことを避けている様子でもある。

 ミアデは生贄に捧げられた。



「昨夜だって、誰か連れ込んでいたじゃん」


 牧場から逃げてきた中の女性が、あまり抵抗ない様子でウヤルカの寝泊まりする小屋で寝ていた。

 何があったのかは聞いていないし、別に問い質すつもりもないが。


 あの牧場は人間どもがより見目麗しい清廊族をと集めていたせいか、男女ともに美麗な姿ではあった。

 ウヤルカの好みに合ったのかもしれない。


(彼女も、アヴィ様とルゥナ様の関係を見ていて、そんな気分になっちゃったのかも)


 お互いが合意の上なら、どちらも子供ではないのだ。ミアデが口出しすべきことでもないだろう。


 アヴィとルゥナの結びつきは強い。

 今も、まだ放心状態のようなルゥナの体を、アヴィが慈しむように泉で流している。


 見てしまえば、目を奪われる。

 洞窟を進む中で汚れた体を、ニアミカルム山脈からの清流で流す一行。

 男たちは後にしてもらった。



 エシュメノは、赤子を気に入ったようで、その母親と一緒に赤子の世話をしている。

 自分が幼い頃にソーシャにしてもらったことを、覚えてはいないだろうが、想像しているのかもしれない。


 ネネランはちょっと悔しそうにその様子を眺めながら、ラッケルタを洗っている。

 ただ、ラッケルタは少し寒そうだ。種族的な問題だろう。


 トワは、当初ルゥナの世話をしたがったが、ルゥナがアヴィから離れようとしなかった。震えるルゥナの様子に仕方なさそうに引き下がり、ニーレとユウラに構われている。

 ルゥナは本当に大丈夫だろうか。




「ユキリンはどうしたの?」

「んー? 腹減らしとったかの」


 ウヤルカは気にした様子でもない。

 ミアデの脇などを水を掬って流しながら、ふいっと山の方を見る。


 標高が高いとはいえ、山際には木々が多い。

 もっと山の上の方までいくと樹木が生える環境ではないらしく、多少の茂みと岩肌が目立つけれど、泉の周辺は水源もあることで森のようになっていた。


「適当に何か狩りでもしちょるんよ」

「大丈夫なの?」


 平気平気と笑って、ウヤルカがミアデの脇を洗っていた手を前に滑らせようとした時。



「KYUEEEE」


 森の方から声が上がり、ユキリンが飛び出してきた。

 木々の上に身を舞い上がらせて、慌てた様子で泉へと飛んでくる。

 その後ろから、吠え声がかかった。

 複数。


「って、ほら!」

「ちゃあ、岩狼いわおおかみの群れかの」


 ユキリンは身軽で素早そうではあるが、筋力などには不安がありそうだ。

 細い羽で素早く飛翔する姿は美しくもあるけれど、戦闘に向いているようには見えない。


 森から迫ってくる複数の吠え声が、ユキリンを追ってこちらに近付いてくる。



「ミアデ!」

「セサーカ、杖取ってきて!」


 水浴びをしていたせいで装備が手元にない。

 ミアデは泉から上がり、そのまま吠え声のする方――岩狼の群れに向かった。


「GARAAA!」

「やぁっ!」


 素手でも問題はない。ミアデなら。

 森から飛び出してくると同時にミアデの肌に牙を立てようとした狼の魔物を、気合とともに殴り飛ばした。


「ほぉ」


 その姿に感心の声を上げるウヤルカ。

 ミアデの力はこれまでの戦いで急速に高まっている。並の清廊族では到底及ばないほどに。

 ウヤルカ自身も腕に自信はありそうだが、アヴィの恩寵を受けたミアデ達に適うはずがない。


 他の者も、とりあえず武器を取って応戦しようとするが、岩狼は数が多いうえに素早かった。


 武器もないままにエシュメノ、ニーレ、ユウラ、トワがそれに応戦。

 ネネランはラッケルタの傍にいたが、使っていた槍は洞窟内で折れて失われた。

 それでも各々が素手で岩狼を叩き伏せていくのだが。



「ルゥナ」

「……」


 ルゥナはアヴィにしがみついたままだ。

 本当にどうしてしまったのか。


「KYUE!」


 泉まで逃げてきたユキリンが短く鳴く。

 そこに襲い掛かる岩狼三匹。

 跳び上がり、鋭い牙をユキリンの白い鱗に突き立てようと。


「GOGYAAA!」


 三匹まとめて打ち払われた。

 ラッケルタの太い尻尾で、ユキリンに襲い掛かろうとした岩狼を叩き、二匹は泉に突っ込む。


「えらい、ラッケルタ!」


 戦いながらエシュメノが嬉しそうに叫ぶと、ラッケルタは得意げに喉を鳴らして、続けて岩狼の群れに向かっていく。



「極光の斑列ふれつより、鳴れ星振ほしふり響叉きょうさ


 魔術杖を手にしたセサーカが加われば、この程度の魔物の群れは問題ではなかった。

 隙を見てそれぞれ武器を手にして、次々に魔物を屠っていく。


 その間、ウヤルカは戦う彼女らを眺めて、その美しさに恍惚とした表情を浮かべていた。

 ルゥナは、震えているだけだった。



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