第一幕 84話 崖の下から……_1



「アヴィ様!」


 ミアデの悲鳴のような叫び声に咄嗟に目を向けた。

 アヴィの頭上に火球が迫っている。


 だが、アヴィはそれを認識していたようで、呼ばれたミアデを横目で確認しながら走り抜けてそれを躱した。


「っ!」

「ん」


 アヴィの方を見ていたルゥナにはわからなかった。

 小さく頷いたのは、ミアデの呼びかけに対して。


 方向転換して、ミアデたちがいる方へと走る。



「みんな、逃げて!」


 アヴィが向かってくるということは、火炎魔法が襲ってくるということだ。

 上空にいる二体の魔法使いが、交互に炎を放つ。



「何を……」


 少しふらつくルゥナの手を、トワが強く引いた。


「ルゥナ様!」


 後ろめたい気持ちがないわけではない。トワには変な期待を持たせてしまったかもしれないと。

 今はそんなことを考えている場合ではないのだが。



「伏せて!」


 ニーレの声に反応して、トワとともに地面に転がった。

 転がるルゥナの耳の上を猛烈な何かが通り過ぎる。


「くぅっ! このっ」


 聞き覚えのない女の声が、悪態を残していった。


 見れば、肩の辺りに矢を刺した女騎士が上空へ逃げていく。

 ルゥナの死角から襲ってきたところを、ニーレの弓が捕えたのだろう。



「祝焦の炎篝より、立て焼尽の赤塔」


 上空から降り注ぐ火炎が、アヴィの走る先に炎の渦を作り出した。

 かなり広範囲で、数少ない木々や草むらに燃え広がる。


「真白き清廊より、来たれ冬の風鳴」


 セサーカの魔法が再度それを消し止めるが、それにどれほど意味があるのか。

 消耗していくだけの状況に思える。


「ルゥナ様、立って下さい」


 トワに引かれて、また駆け出す。



 今度は少し意味が違う。

 焼け出された清廊族の幼児たちが、崖に向かって逃げ出していた。


「いやぁぁ」

「助けて!」


 火を恐れたのか混乱して走り出してしまった。

 それを追う。

 ルゥナたちも追うのだが、上空から天翔騎士が追うのも見える。

 


「ここまでだ、クソども」


 崖の手前で立ち竦んだ幼児たちと、それを追ってきた親。そしてルゥナとトワ。

 その崖の向こうから、羽ばたきと共に残酷な笑みを浮かべる人間の姿が。


「逃がさないぜ、くそ影陋族どもが」


 見れば、最初にルゥナの足に傷をつけた男だ。


 無力な様子の幼児たちとダメージを負っているルゥナを認めて、ますます嬉しそうに嗤う。



「おお、お前には礼をしてやらねえとな」


 槍を斬ったことだろうか。

 失敗だった。殺していればよかったかと悔やむ。


 ルゥナの耳に、後ろから迫る羽ばたきの音も聞こえた。

 前後から、挟まれた。

 断崖の上を飛ぶ翔翼馬。

 それがこちらにあれば、この断崖を越えることも出来ただろうに。


「お前らを片付けたら、いずれこの上の連中も、だ。俺ら天翔騎士が――」


 宣言。

 この翔翼馬を操る部隊ならば、この先の清廊族の領域まで攻め込めると。


 高らかに宣言しようとした男の頬に、食らいついた。




「あ――?」


 白い、管のような長細いものが、食らいついた。



「え?」


 トワが声を上げる。


 右の頬に。腕に、腿に。

 男の体だけではない。

 彼が騎乗する翔翼馬の腹にも、足にも、首にも。


 長細く、黄ばんだ白っぽい管のようなものが、張り付いていく。

 崖の下から飛来した何かが。



「あ、ああ……うわぁぁぁぁぁぁあっぁっ!」


 絶叫と共に身を捩る男と、狂ったように翼をばたつかせる翔翼馬。


「な、なんだ!? おいっ! ムーヒト!」


 断崖の間で、白い何かに食いつかれて踊り狂う同僚に、後ろから来た天翔騎士が恐怖に震える声をかけた。



「だ、だすけてく……」

『BURYUAAAAAAAAA』


 男が鞍から滑り落ちたのと、翔翼馬が力を失い重力に引かれていったのとは、ほとんど同時に見えた。


 断崖の底に消えていった。



「あ。ああぁっ、何が……」


 天翔騎士の動揺の声。

 怯え、ルゥナ達へ攻撃することを忘れている。


 だが、ルゥナも大して変わらない。

 トワも、子供たちも、子供たちを抱きしめる親の清廊族も、震えながら崖から後ずさりしていた。



 白い管のようなそれが、のそり、のそりと、崖から這い上がってきていた。


 無数に、無数に。

 次から次へと、崖の下から。湧いてくる。


 うまい餌でも見つけたかのように。うぞうぞと。



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