第一幕 83話 空襲_3
敵に油断があったのだろう。
最初の攻防については思う通りに運んだと評価したい。
だが、ルゥナが思った以上に敵の攻撃は厄介だった。
上空から、前後から、続けて攻撃を受ける。
どうしても死角があり、敵は攻撃の瞬間だけ大地に近付き、また上昇して別の目標に向かう。
槍だけではない。あの蹄に蹴られるだけでも大きな損傷を受けることになる。
なんとか食い止めたいのだが、馬には重量があった。
「うぁぁっ!」
「エシュメノ!」
突き出された槍を避けつつ乗っている敵に短槍を突き出したエシュメノだったが、翔翼馬の胸の辺りの筋肉で弾き飛ばされた。
エシュメノは小柄だ。
滑空とともに突進してくる翔翼馬の衝撃を受け止められるはずがない。
(馬を……)
乗っている人間の方を攻撃しようとしたのは、翔翼馬を傷つけることをためらったからだろう。
よりによって馬型の魔物だ。仕方がない。
「だい、じょうぶっ……!」
後ろに転がりながら立ち上がり、口元を拭うエシュメノ。
その背後から別の天翔騎士が迫っていた。
「避けて!」
ルゥナに言われるまでもなく、エシュメノは横に飛んでいた。
エシュメノへの攻撃が空を切るその天翔騎士の正面に、ルゥナの剣が迫る。
「これで!」
避け切れないと判断したのだろう。馬の魔物自身が。
翔翼馬の体が、その勢いのままルゥナに迫った。
翔翼馬には呪枷がある。
自分の身が危険だとわかっていても、主の身を守らねばならなかったのか。
ルゥナの持つブラスヘレヴが翔翼馬の首を――ちょうど黒い呪枷ごと――断ち切った次の瞬間には、首を失った馬の巨体がルゥナを跳ね飛ばしていた。
「っ!」
「ルゥナ!」
「ルゥナ様!」
エシュメノとトワが叫んでルゥナに駆け寄る。
アヴィは、敵の魔法使いから放たれる炎の魔法を味方から引き離す為、やや離れた場所を走っていた。
「く、う……」
馬と衝突したルゥナの意識が混濁している。
「ルゥナ様、大丈夫ですか?」
「お前はぁ!」
落馬した敵を、エシュメノが突き殺した。
トワはルゥナに声を掛けるが、集まれば敵に狙われやすい。
「よくもペッターを!」
仲間も殺され怒りに燃える天翔騎士が、エシュメノの左右から少女を踏みつぶそうと襲い掛かった。
同時では、天翔騎士同士も衝突してしまう。
左が先に、それを躱したエシュメノに右から。
ぎりぎりで躱すエシュメノだが、二度目に襲った敵の槍がその肩を掠めた。
「平気……です、トワ」
明滅する意識を何とか保って立ち上がるルゥナだが。
「無理です、ルゥナ様」
「それでも」
だからといって戦わないわけにはいかない。
最初に一騎、その後にアヴィが一騎と今のルゥナがもうひとつ。
三体倒しただけで、まだ敵の数は多い。
こんなことでは。
「セサーカ、地面を!」
ミアデが叫んだ。
彼女らがいるのは、最初に火炎魔法を受け、セサーカが消火した焼け野。
炎は周囲に及び、荷車や近くに会った針のような葉の木に燃え移り燻っている。
「冷厳たる大地より渡れ永劫の白霜」
セサーカの魔法が大地に渡る。あれは
この状況で、消火を急いだところで何にもならない。
「ミア――」
ふらつく頭を堪え、声を掛けようとして――
「アヴィ様!」
切羽詰まったようなミアデの叫びに、ぼやけていた目が一気に覚醒した。
※ ※ ※
「何をしている!」
荷車の傍に着地して、サフゼンが真っ先にしたのは叱責だ。異母兄ヘリクルへの。
仲間が戦っているという時に何を見ているのかと。
「いや、俺は……」
「天翔騎士ではなくとも、お前とてトゴールト兵士の一員だろう!」
今までそんな扱いをしたことがあっただろうか。
正直、まともに声を掛けたことなどなかった。
微妙な関係を感じて、どう関わっていいのかわからず、遠巻きに見ていただけだ。
しかし、厩舎周りの警備を担当する異母兄ヘリクルは、一応はトゴールトの兵士ということになっている。
だから住処を与えられ、食事も配給されるのだ。
住処に関しては、色々な事情があるとしても、独立した一戸の建物など特別扱いもいい所だった。
「お前とて、この魔物と共に戦うこともあったのだろう。今こそ兵士としての役割をしてみせろ!」
苛立ち紛れに強く言い放って、荷車に積まれていた槍を三本取る。
多少の重量なら構わない。
長距離を飛ぶわけではないのだから。
サフゼンの槍を斬り落とすと同時に、隣の天翔騎士を殺したあの女は危険だ。
魔法使いに対処を任せたが、簡単に倒せるとは思えない。
近付かずに、隙を見て上から槍を投擲する。
あの女とて頭に目があるわけではない。死角から放つ槍で殺すことは可能だろう。
「俺は……その……」
そこで初めて、サフゼンは荷車に女給が乗っていることに気が付いた。
ヘリクルの奴隷の影陋族の女だ。
他にヘリクルの相手をするものがいないからだろうが、異母兄がこの女奴隷を日頃からどう扱っているのかは知っている。
(こんな所まで連れてきて……)
戦場だとわかっているのか。
そう思う一方で、ヘリクルの愚鈍さを知りながら八つ当たりのように怒鳴ってしまったことに、少しばかり自責する。
楽な任務だと思ってきたのだ。
ヘリクルに戦いの覚悟をしろと言ってきたわけではない。
「あ……」
影陋族の奴隷が怯えたように身を縮めた。
正直なところ、地味で暗い印象で女としての魅力を感じる相手ではない。
ヘリクルにとっては、これしかいないのだろうが。
それならば――
「あそこに、もっと若く美しい影陋族の女もいる」
「……」
「捕えれば、一人くらいはお前のものにしていい。少しは兵士として働いてみせろ」
「お……わか、った……」
ヘリクルの視線が、少し離れた戦場に向かう。
敵の女の一匹が、翔翼馬と衝突して大きく跳ね飛ばされていた。
それを庇おうとする別の少女が、空から襲う天翔騎士に地面を転がって避けている姿が。
ごくりと、ヘリクルの喉が鳴った。
最初はどうなるかと思ったが、天翔騎士は決して弱くはない。
どこの国に行っても兵士としてはかなり上級な実力を有している。
こんなところで被害を出すとは思わなかったが、敵が本当にグワン一部隊を殲滅するだけの力を持っていたのだから、仕方がないだろう。
既に戦況はこちらに有利だ。
――アヴィ様!
悲鳴のような声が聞こえた。
またひとつ、影陋族の誰かが落ちたのだろう。
「行くぞ!」
愛馬に跨り、抱えた槍と共に天に駆けるサフゼン。
ヘリクルもすぐさま、大トカゲの足を前進させた。
あそこにいる影陋族を手に入れたいと、そう思ったのか。
状況が有利となれば、急いでそのお零れに与りたいと。
(……情けない男め)
思えば彼は、父から与えられたものだけを手に生きてきたような人生だ。
自分の手で何かを手に入れたことなどあるのだろうか。
今日もまた、天翔騎士が命がけで戦っている戦場から、自分の欲しいものを手に出来るかもしれないと。
この男を兄と呼ぶ必要がなくてよかったと、サフゼンは改めて思うのだった。
※ ※ ※
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