第一幕 65話 啜り泣く声_1
廃村。
辿り着いた廃村は、かろうじて建物の残骸が残っている程度の場所だったが、多少は雨風を凌ぐことが出来た。
ニアミカルム山脈の麓を流れる川のほとり。
冬になればかなり寒くなるだろうそこは、人間の村ではなかったはず。
清廊族の村。もしかしたらエシュメノが生まれた村だったのかもしれない。
悲しみを引き摺りながらそこに辿り着き、休息を取る。
季節が春から夏に差し掛かろうとしていて、食べやすい木の実があった。
こんな状況でも不満を言わずに歩く幼児たちを中心に、そういった食べ物を渡していく。
幼児たちに不満の声が少ないのは意外でもあったが、もともと奴隷として育てられているのだから不思議な話ではないのか。
不遇な生い立ちだと思うが、今はそれが助かる。
ここで我侭を言われても何もしてあげられないのだから。
「猪狸が数匹。仕留めて、今トワたちが解体している」
「ありがとう、ニーレ。貴女も休んでください」
廃村周辺に住み着いていた魔物をニーレが狩り、食肉用に解体していると。
猪狸は決して強い魔物ではないが、子供や力弱い者なら牙で突かれて死ぬこともある。
その一方で食用の肉としては一般的なもので、山や森には割と多く生息している魔物だった。
「ルゥナ様こそ、休んだ方がいいと思う」
ニーレはルゥナと同じくらいの年齢か、少し上のようだ。
トワ、ユウラと共に、ルゥナのことを気遣う様子がある。
「いえ……ありがとう、ニーレ」
薄暗い月明かりの下の廃村に、ささめきのような声が途切れない。
夜の廃村に響く嘆き声。
ともすれば怪談のようだが、現実はそれよりも悪い。
怪談話で済むならそれが良かったのに。
「エシュメノは大丈夫なの?」
「今はアヴィが一緒ですから……」
ニーレの呟きに答えながら、自分の言葉の間違いを感じる。
心配なのはアヴィのことも同じだ。
アヴィも、勇者シフィークの手で魔物の母を失っている。
命が尽きる最期の一押しを、最愛の我が子の手によって。
どうしてそこまで同じなのか。
「……」
わかっている。自分の持つ力を我が子に託したかったからだ。
死ぬのなら、仇の糧となるのではなく、愛する者の力になりたいと。
気持ちはわかる。けれど、アヴィの目の前で同じことを繰り返してしまった。
ソーシャのことで心を引き裂かれると共に、過去の傷も強く想起されただろう。
そういう意味では、エシュメノ以上に精神的に不安定になっているかもしれない。
「ニーレ、私は……」
「……間違っていなかった」
言いかけたルゥナに、ニーレは首を振る。
「アヴィ様を叱ったことを悔やんでいるなら、間違っていなかったと思う」
ソーシャの願いを聞いたエシュメノは、それがソーシャを助けることになると思い剣を抜いた。
それが死へと進めることになるは明らかだったが、エシュメノはわかっていなかった。
彼女にとってソーシャが死ぬことなど考えられないことで、突き刺さった剣がなくなれば助かるのだと……
助けだったのかもしれない。
ソーシャにとってそれは救いであり、願いだった。エシュメノはそれを果たした。
「アヴィ様も、そう……だったんだよね?」
「……ええ」
「止めたいと思ったアヴィ様も、止めては駄目だって言ったルゥナ様も間違っていない。私はそう思うよ」
そう言って薄闇の中に去っていくニーレに、口の中で礼の言葉を紡いだ。
アヴィを叱りつけるなど初めてのことだった。
あの場で彼女が一番、動揺と戦慄に襲われていただろうに。厳しく言ってしまったことを後悔している。
傷ついただろう。その悲しみを知るはずのルゥナに突き放されて。
だから、アヴィとエシュメノの間に入っていけない。
ルゥナは息を吐いて、獲物を捌いているというトワの様子を見るためにその場を離れた。
エシュメノとアヴィの啜り泣きが聞こえない場所に逃げたかった。
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