第一幕 55話 再会する冒険者達_2



 直撃ではなかったのに、余波だけでまとめて薙ぎ倒された。


 いくつかの幸いは、戦っていたイリアもその衝撃に打たれていたことと、先行した非戦闘員たちの向かった方向とは逆、後方に魔法が放たれたこと。


 詠唱の声はマルセナだった。

 異常な肉体強化をした状態で、さらに隠し玉と思える必殺の魔法。


 ルゥナたちがいた方向に向けられていなかったのだとすれば、それと相対していたアヴィは……



「これで……まだ、耐えますの?」

「……死ぬのは、お前」


 無事だ。

 立っているし、喋っている。

 手にしているのは、先ほどの兵士どもから回収した簡易の魔術杖。

 あんなものでも役に立った。


 マルセナが手にしていたのが、本来の彼女愛用の魔術杖だったとしたら、耐えられなかったかもしれない。

 アヴィの口元を覆っているマフラーは、非常に高い剛性と柔軟性を兼ね備えている。あれもアヴィを助けたのか。



「本当に、どんな馬鹿野郎かと思えば……」


 男の声に気付くのが遅れたのは、状況から考えれば仕方がなかった。


 また人間だ。

 剣を手にしている。

 痛む体を無理やり起こして、新しい敵に備えなければ。


 他の仲間も同じように身を起こしていた。少し離れた場所に飛ばされたイリアも、頭を振りながら立ち上がった。



(あれは……清廊族……?)


 新たに現れた男の後ろに見えるのは、別の若い人間の男と、手を取り合う清廊族の女。

 今の魔法から庇ったせいか、泥まみれになっているが。



『恐ろしい者が迫っている』


 それまで静観していたはずのソーシャがアヴィの元に舞い降りた。

 エシュメノもその背中にいる。


 恐ろしい者。

 新たに現れた人間どもと、なぜかそれと親し気な様子の清廊族の女。


『来るぞ』


 動けそうにないアヴィの後ろ首のマフラーを噛んで、ソーシャが飛ぶ。

 一瞬後に、それまでアヴィとマルセナがいた辺りに、土砂の柱が上がった。


 上から叩きつけるような猛烈な一撃が、森の大地に大きく穴をあけて。


「くそ女ぁぁぁぁっ!」


 その目は怒りに染まり、着ている服も襤褸切れ未満の布になっている。

 それは紛れもなく――



「シフィーク!」

「殺す! 殺す! 僕がぁころすぅ!」


 襲い掛かってきたのは、かつての勇者シフィークとはまるで異なる、本人に違いなかった。




「な、なんだぁ?」


 先に現れた男はまた別口だったらしい。突如現れたシフィークの乱入に、戸惑いの声を上げている。

 その後ろの青年も、清廊族の女と共に状況に圧倒されていた。



(こんな時に、最悪だ)


 殺意と憤怒でまともではないが、勇者と呼ばれるだけの力は脅威だ。

 それがアヴィを狙って追って来た。


「マァルセナァァァ!」

「本当に最低な男ですわね」



 眼中になかった。


 まだマルセナの肉体強化は有効だったのか、今のシフィークの一撃を飛びずさって避けて、苦々しく吐き捨てた。



(マルセナを? ……ああ)


 洞窟内でシフィークとマルセナは仲間割れをしていた。

 二人の争いのために、黒涎山の洞窟が損壊したのを見ている。


 崩落した黒涎山の地下から這い出してきて、自分を裏切ったマルセナへの復讐に駆られたのか。

 どういう嗅覚なのか、魔法の痕跡を追って辿り着いたのかはわからない。

 だが、今ここで戦っているマルセナを見つけて襲い掛かってきた。



(たすか、った?)


 と考えていいのか。

 少なくとも今のシフィークの目的はマルセナだ。こちらのことは――



「っ!」


 竦んだ。



 マルセナを追うシフィークの目にルゥナが映った瞬間、身が竦んだ。

 恐怖と、屈辱と、絶対的な何かを感じて。


「ルゥナ様……?」


 腿に熱い温度を感じる。

 体に力が入らない。

 怖くて、震えて、下腹から抜けていった。


 頭が真っ白になり、視界が揺れた。


「逃げ、ましょう。ルゥナ様」


 手を引かれる。

 引いているのはトワか。

 それにも逆らえない。



「ま、待って下さい!」


 声が、右から左へと抜ける。


 呼びかけたのは誰だ。

 途中で現れた清廊族の女か。

 人間と……人間の男などと手を取っていた、あの。



「こんな争い、やめて下さい! もっと別の道が……」


 違う。


 あれは清廊族ではない。

 清廊族らしく見えるだけの、人間の手先だ。


 だがそんなことを考える余裕も今のルゥナにはなかった。


 足を汚水で汚したまま、トワやミアデに引かれるままにその場から離れるだけ。

 アヴィのことさえ頭から抜けていたが、既にソーシャが連れてその場から離れている。


 一瞬だけ見えたシフィークの目が、ただ怖かった。



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