第一幕 54話 再会の冒険者達_1
「深天の炎輪より、叫べ狂焉の裂光」
聞いたことのない詠唱が響くのと同時に、ツァリセは落ちた。
ビムベルクが剣を振るって大きく抉った地面の穴にスーリリャと共に落ちたと思えば、その頭上を光と衝撃が貫いていくのを感じる。
激しい振動に目を瞑り、肩を小さくする。
素人のスーリリャと騎士団所属のツァリセが同じ行動というのも情けないが、他にどうしようもない。
「どんな阿呆だ!」
隣にずり落ちながら泥まみれで毒づくビムベルク。
これほどの威力の魔法、エトセン騎士団でも使える人間は二人しか思い浮かばない。
通り過ぎてきた現場でも見た痕跡からして、もし同じ人物が一日の間に続けざまにこんなことをしているなら、規格外の存在だ。
大地も震えるほどの衝撃。
衝撃波の時間は短かった。ビムベルクは剣を手に飛び出して、ツァリセはスーリリャの手を引いて這い上がる。
周囲の木々は、幹こそ残っているのものの多くの枝が折れ、辺りに積もっていた落ち葉なども消し飛んでいた。
緑の森から、急に枯れ木の荒野に様変わりしたようだ。
「こんな魔法……」
「さすがに、連続はない……と思いたいですが」
ツァリセの希望が通るのなら、二度とない方がいい。
衝撃の通り抜けた方向と逆に、この魔法を放った魔法使いがいる。
当然、そちらに目を向けたツァリセは、自分の頭を疑った。
「これで……」
肩で息をしながら呆れたように言う少女の手には、駆け出しの魔法使いが使いそうな木の魔術杖が。安物――と言っても魔術杖自体安くはないけれど。
見る限り、彼女の向ける魔術杖の先端あたりから、ツァリセたちがいた方向に向かって強い衝撃が吹き抜けている。
この魔法を使った本人に間違いはない。
衝撃波は、杖の向けられた方向に強く放たれていたようだが、反対側にも余波が及んでいた。
そこらに倒れる少女たち。
見えるうちの数名はツァリセが見る限り影陋族の特徴だったので、彼女らが牧場から逃げた奴隷なのだと思われる。
情報では、ゼッテスの牧場には影陋族らしくない外見特徴の者もいたというから、ちらりと見ただけでは判別が難しい。
ツァリセが目を疑い、自分の頭がおかしくなったかと思わされたのはそちらではない。
今の衝撃波を放った杖の先、間近にいただろう少女。
まともに魔法を至近距離でくらったと思われる影陋族の少女が、立っている。
死んでいるのでも、倒れているのでもない。
立っている。
右手は、黒い布で顔を覆うように庇いながら。
左手には、小さな筒が握り締めて。
「簡術杖……?」
よく見れば近くに男の死体も転がっている。一人や二人ではない。
冒険者のようには見えなかった。だとすれば、どこかの兵士か。
牧場からの追手が、迂回ルートか何かでここに辿り着いたのかもしれない。
兵士の中には簡単な魔法が使える者もいる。
小さな火を出したり、簡単な擦り傷程度なら治せたりするような。
そういった者が使う簡易な携帯用の魔術杖を、影陋族の少女が握り締めて、立っていた。
「これを……耐えますの?」
「……死ぬのは、お前」
言い返す影陋族だが、それが可能な様子にも見えない。
手にした簡術杖が砕け散り、手から零れた。
「耐え……いいえ、わたくしは……」
おそらく最上位級の魔法を初心者用の杖で放った魔法使いの少女も異常だが、それを至近距離で簡術杖などで対抗したのだとすれば、この影陋族は何者だ。
(集落を、全滅させた……?)
情報は正しかった。
それだけの力を有した影陋族の存在を確認する。
「……本当に、どんな馬鹿野郎かと思えば」
ビムベルクも言葉を失っていた。
争っていた者たちは、およそもう力が残っている様子ではない。
どこから取り押さえればいいのかと見渡した時だった。
「!」
黒い影が舞い降りる。
『恐ろしい者が迫っている』
「……喋りやがった、だと」
力を使い果たして立ち尽くす少女たちの間に降りたのは、三本の角を有した魔物だった。
言葉を話すということは、それが高位の魔物であるという証左だ。
歴史上、そんな魔物の目撃例は少ない。
その魔物が恐ろしい何かが近づいていると察知した。
英雄ビムベルクの存在に気づき、それを――
『来るぞ!』
その声と共に、彼女らがいた場所の地面が大きく抉られ、森の破壊跡をさらに大きく広げた。
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