第一幕 53話 いやし包丁_3
圧倒される。
――までではなかったが、肉弾戦でアヴィが押し込まれるところなど、ルゥナは初めて見た。
マルセナの一撃に反応出来たのはアヴィだけだ。
魔法使いの拳を腕でガードして後ずさる。
狙われたのはルゥナだった。反応出来なかったところをアヴィに庇われた。
「つぅ」
「これを防ぎますの?」
痛みに顔を顰めるアヴィと、驚愕の声を上げるマルセナ。
天才魔法使いの奥の手。
まさかこの少女が肉体強化での肉弾戦など、誰が予想しようか。
マルセナは魔法使いだという認識が強かったルゥナは、まんまとその術中に嵌まってしまった。
今まで使わなかったのは、本当に奥の手だからだろう。
使う以上は相手を必ず殺す。
おそらく仲間にさえ秘密にしていた魔法。
「他は私が!」
「任せますわ」
彼女らは曲がりなりにも共に過ごしてきた冒険者だ。当然連携もする。
険悪な者同士でも、危険な敵と戦うとなれば冒険者は協力が出来るものだ。ましてこの二人は妙に関係性が強い。
「ミアデ! 守るだけで構いません!」
ショートソードを手にしたイリアの攻撃は、ルゥナにも脅威だ。
一流の冒険者であり、接近戦では相当な腕前になる。
それでも防御に専念し人数が多いこの状況でなら、まだ戦えるはず。
マルセナの身体能力の強化に時間制限があるというのなら、何とかそれまで持ちこたえれば。
「……」
視界の端にソーシャが映った。
少し離れた場所でエシュメノを庇うように立っている。
異様な力を発揮するマルセナを見て、最優先なのはエシュメノの安全。
当てに出来そうにない。
「はっ」
突きかかってきたイリアに、ルゥナが反応する。
先ほどのマルセナほどの速さではないけれど、だから遅いというわけではない。
「くぅっ」
一度目の突きは切り払った。が、その態勢のうちに次の突きが迫り、ぎりぎりで躱すのが精一杯。
目の下辺りに鋭い痛みが走る。
「ルゥナ様!」
イリアの剣を受けきれないルゥナを見て、横からミアデが拳を放とうとするが、
「甘い!」
それまでルゥナに連続で突いていた剣閃が、突如軌道を変えてミアデの目を突く。
咄嗟に躱すミアデだが、イリアの剣がその頬を滑り赤く線を残した。
続けて横薙ぎにされた剣をかろうじて回避したミアデだったが、僅かに黒髪が舞った。
「ちょこまかと」
敏捷性だけなら、イリアには及ばなくともこの一行では群を抜いている。
ミアデに気を取られた隙に、ルゥナの剣が右上段から振り下ろされた。
「だから甘い!」
大振りだったそれをイリアが受け止め、受け流す。
体が流れたルゥナの背中を取るように。
「終わり――」
「っ!」
ルゥナの右上段を受け流した形のイリアは、自分の右に流れたルゥナに意識を割いた。
時間差で、また同じ方向から迫った攻撃への対応が一瞬遅れる。
「させない!」
包丁を手にしたトワだった。
逆手に持った包丁をイリアに突き刺そうと躍りかかるが、もう少しの所でイリアの左腕がトワの手首辺りに入り、包丁を止める。
「ふっ!」
腹に、ルゥナの蹴りが突き刺さった。
剣を流され前のめりになった態勢から、踏みとどまっての前蹴り。
イリアの下腹を捉え、後方へ吹き飛ばす。
「うぐぅっ!」
ルゥナの筋力はイリアと比較しても大差ない。
戦闘技術では劣っていても、当たれば効果はある。
イリアを蹴り飛ばして、束の間でも余裕が出来た。
「助かりました、トワ」
「はいっ」
態勢を整え直すルゥナたち。ミアデの傍にもセサーカが駆け寄り、魔術杖を構える。
近すぎて有効な魔法を使えるタイミングがなかった。
腹を押さえながら、ぎりりとセサーカを睨むイリア。
「それを、返してもらうわよ」
マルセナの魔術杖を奪ったことを言っているらしい。
「返してもらうのはこちらです」
イリアの物言いに憤りを感じて、ついルゥナは言い返してしまった。
「清廊族から奪った全てを、返してもらいます」
「舐めた口を」
舐められた。
ぺろりと、頬から目元にかけて生暖かい感触が。
「……トワ」
「怪我をされていましたから」
イリアとの攻防の中でついた傷を、この瞬間に癒したのだと。
「あんた……」
イリアも少し虚を突かれたのか、瞬きを繰り返して言葉を失う。
戦闘中に少女がルゥナの頬を舐めるなど、何が起きたのか判断に迷ったのか。
「……そこの
言葉を探して貶そうとしたが、歯切れが悪い。
何を動揺しているのだろう。
「あなたなんか舐めてあげませんけど」
そういうことではないと思うが。
「まあ、どうしてもと言われたら……ふふっ、舐めて差し上げましょうか?」
「……本当にふざけた奴ね」
格上の相手を挑発するトワに不安を覚えないでもないが、少し落ち着いた。
そうだ、ルゥナがイリアに勝つ必要はない。
時間さえ稼げばマルセナが力を失い、アヴィが――
「深天の炎輪より、叫べ狂焉の裂光」
マルセナを中心に、衝撃波を伴う光が辺りを薙ぎ払った。
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