第一幕 52話 いやし包丁_2
「結構強かったじゃん」
ミアデは自分が強くなっていることを自覚している。
元々身軽ではあったが、軽快なステップで敵の攻撃を躱しつつ急所を抉る。そういう動きが出来るようになってきた。
踏み込む足も強く早くなったし、腕の振りも前とは比べ物にならない。
それでも少し手こずった。他の兵士に指示を出していたのだからリーダー格だったのだと思えば、それも不思議はない。
奇襲を受け味方が殺されて動揺していたことでの有利もあっただろう。
そうでなければ、ミアデと同等以上の力はあったはず。
状況がミアデに勝利をもたらした。
長物の武器を使うよりも、自分は拳や蹴りを使う方が得意だとわかってきた。
獲物を殺すのに大仰な武器はなくても出来る。
体格的に小柄な自分の有利な点はスピードで翻弄して、喉や目を抉るようにした方が効率がいい。
「足が、なぁ」
少し痛めてしまった。
以前にルゥナがやっていたように敵の股間を蹴り砕こうとしたのだが、金属製の防具があった。
敵も全く平気な様子ではなかったが、ミアデの足首も痛い。
ルールのない殺し合いをする連中なので、急所を守る装備はあるということか。
「ミアデ、大丈夫?」
「うん、ちょっと痛かっただけ」
他の兵士を片付けたセサーカが駆け寄ってきて、足を気にしていたミアデの腹に手を触れる。
なんだろうかと思ったら、そのまま抱擁された。
「お疲れ様」
「……うん、セサーカも」
先ほどの冒険者から続けて、あまり休息の時間もない戦闘だ。
ミアデにはよくわからないが、魔法は体力を消耗するという。疲労というのならミアデよりもセサーカの方が大きいだろう。
(ああ、そうか)
ミアデを心配する気持ちに嘘はないだろうが、セサーカも疲れている。
だから少し触れ合いたくなったのだと思い、彼女の体を抱き返した。
柔らかいセサーカの体温に安堵を覚えながら、軽く額に唇を。
「たぶん全滅させたと思うけど」
周囲に動く者はない。
先ほどまで戦闘で騒がしかったが、今は自分たち以外に物音は聞こえなかった。
森の生き物も、多くの者が争う音に逃げ出してしまったようで、静かだ。
「武器や使えそうな物を集めましょう」
「うん」
少し離れた場所で、ルゥナとユウラが周囲を警戒していた。
トワ、ニーレなどが既に道具を拾い始めていて、他の清廊族が集めた物を荷車へと運んでいく。
とりあえず嵐は過ぎた。
そういう瞬間は誰しも気持ちが緩む。
戦いに慣れた者でも。
その隙間を狙うのが、一流の冒険者だった。
「く、あっ!」
「っとに、どいつもこいつも」
俊敏で、近接戦闘に適性の高いミアデ。
自らの適正に合わせて、逃げる敵への退路を断つ役目を担当した。
だから、仲間から最も離れた場所にいる。
戦闘中の騒ぎに紛れて近くに潜んだのだろうそれは、ミアデよりも上手の強襲斥候。
咄嗟にでもその一撃を避けられたのは偶然ではない。ミアデとていつまでもアヴィやルゥナに守られているだけではない。
「ちっ」
セサーカを抱えたまま転がったミアデに止めの一撃をと迫るのは、先ほど襲ってきた冒険者の一人、イリアだ。
転がりながら、手の中にあった寸鉄の杭を投げつけて、少しでも時間を稼ぐ。
「ミアデさん!」
即座に駆け付けてくれたのはトワだ。
その手には彼女愛用の包丁があるが、トワでは力不足。
「鬱陶しいっ!」
イリアが毒づきながら払ったのは、荷車の方から飛んできた矢だった。ニーレか。
トワとニーレの牽制の間にミアデは立ち上がって身構える。
中指くらいの大きさの寸鉄は、まだ腰帯に挟んだ物がいくつかあった。
改めて握り、強敵と相対する。
「鬱陶しいのは貴女です、イリア」
今しがたの敵から拾ったのだろう剣を手に、ルゥナも駆け寄ってきた。
「戦えない者は先に進みなさい! ニーレ、ユウラ! 護衛を」
荷車の方に指示を出しながらもイリアから目は逸らさない。
「本当に、鬱陶しい」
アヴィも並ぶ。
視線を巡らせた。警戒して。
「あの魔法使いは、どこ?」
「マルセナ……?」
見当たらない。
得意武器であるショートソードを手にしたイリアと、愛用の魔術杖を失ったマルセナ。
どちらが脅威なのか測りかねる様子のルゥナに、イリアが鼻で笑った。
「皆殺しだって言ったでしょ」
「螺旋の
響いた声に、全員が飛びずさって身構える。
だが、目に見えては何も起こらない。
ただイリアの後ろからマルセナが出てきただけで。
「……なに?」
その周囲の空気が揺らめいて、霧のような薄い光を纏っていた。
手にしているのは、セサーカが落とした木の魔術杖。
愛用の冥銀の魔術杖に比べれば数段落ちるはずなのだが。
「……気を付けて下さい」
「肉体の造りを理解していなければ効果がないと言うのでは、わたくしが使うしかありませんけれど。これ、後の疲労も酷いのですわ」
雰囲気が違う。
もともと危険な魔法使いだとは知っているが、先刻戦った時よりもさらに危険な雰囲気を纏って、嗤う。
「皆殺し、だそうですので」
襲い掛かってきたマルセナの速度は、強襲斥候のイリアよりも速く鋭かった。
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