第一幕 47話 母の影_3



「いい加減、しぶとい!」


 ルゥナは防戦に追い込まれている。

 セサーカと二対一でも、強襲斥候イリアの戦闘技術に及ばない。

 それでも何とかなっているのは――


「っ、マルセナ!」


 ルゥナたちとは逆に、マルセナを追い詰めるアヴィへの牽制を挟む為だ。

 無造作に掴んだ小石や何かを、マルセナに止めを刺そうとするアヴィの目辺りに投げつけて牽制している。



「ちっ」

「炎よ!」


 その隙に再び唱えた魔法がアヴィを襲い、下がらせた。

 決め手に欠く状況。


 体力的にはマルセナが不利になりつつあるが、あちらが片付くまでルゥナが持ちこたえられるものかどうか。




「……記憶にないと、思っていましたけれど」


 不意にマルセナが呟く。


「その顔は、黒涎山の洞窟にいた娘ですわね」


 洞窟の中で見たアヴィの顔を覚えていた。思い出した。

 戦いの最中に何を言い出すのか、アヴィがそれを斟酌する必要はなかっただろうが。

 ただ、何か無視できないものを感じたのか、足が止まった。  


 息を吐いて、すっと姿勢を正す。

 そのマルセナの姿は棒立ちのようで、イリアが息を飲んだ。


「マル――」

「貴女の母親って……」


 髪を掻き上げた。

 金色の細い髪を指で掻き上げて、額を見せて。


「ぁ……」

「もしかして、こんなの……だったのかしら?」


 嫣然と嗤う。

 その額に残った黒い傷跡。


「あ、ぁ……」


 それは火傷などの跡ではなく、ぬめるように光を反射する黒い粘液状の肌が。



「わたくしの一部になったようですわ」

「あ……あああぁぁぁぁつ!」


 彼女の額には、粘液状の魔物の一部が焼き付けられたように一体化していた。




「アヴィ! ダメです!」


 猛然と直進して突きかかったアヴィの足元が破裂する。


「弾けよ」


 空気を弾き飛ばして音を作るような魔法で、地面の土と木の葉を舞いあげた。簡易な詠唱で威力は大したことはない。

 けれど、不用意に飛び込んだアヴィの体勢を崩し、目くらましをするには十分だった。



「あんたは!」


 助けに行こうとしたルゥナに振るわれた棒、それを切り払おうと剣を振った。


「ルゥナ様! いけませんっ!」


 相手を舐めていたつもりはない。

 だが迂闊なルゥナの反撃にするりと軌道を変えて、それでいて強い力を帯びた棒が、ルゥナの手を打ってショートソードを弾き飛ばす。


「っ!」

「ここまでだよ」


「始樹の底より、穿て灼熔の輝槍」


 マルセナの頭上に、赤白く輝く槍が現れ、アヴィに向かって放たれる。

 同時に、ルゥナの喉元に尖った木の先端が突き出された。


(アヴィ!)


 自分に突き刺さる先端のことよりも、アヴィを襲う灼熱の槍を。

 ルゥナの視線と、アヴィの視線が重なった。

 お互いに、その瞳を映して。




縹廟ひょうびょうの絶峰より、木霊せよ裂迅の叫声』



 空気が破裂した。


 先ほどのマルセナの簡易詠唱の比ではない。

 太い木の幹が砕けるような空気の破裂が連続して起こり、その衝撃に体が舞い踊る。

 大気が割れる。山々の怒りの絶叫が弾けたように。


「うぁぁぁっ」

「きゃあぁっ!」

「マルセナっ!」


 空間ごと揺さぶられるような破裂の猛威に、最初に反応したのはイリアだった。

 激しい振動の中で駆け、マルセナの体を抱き留める。


 ルゥナは、視線が絡んでいたアヴィが飛び込んでくるのを視界に捉えながら、動けなかった。

 直前に剣を落として態勢を崩していたせいで、咄嗟に動けない。


 破裂に吹き飛ばされたアヴィが、歯を食いしばってルゥナに向かって跳ぶのを見つめるだけで。


 衝撃により吹き飛ばされたことで、灼熱の槍の軌道からは外れていた。


 ルゥナを狙っていたイリアはマルセナを助けに走っていて、致命的な一撃から逃れられた。

 気が付けばルゥナの足元にしがみつくセサーカもがいる。



「ルゥナ!」

「アヴィ!」


 抱き合う。

 激しい空間の振動の中、届いた手をしっかりと握って抱きしめた。


 少し可哀そうだが、ついでのようにセサーカも抱きしめられている。

 一緒に地面を転がり、衝撃をやり過ごす。


 幸い、直撃ではなかった。

 直撃させるつもりがなかった、ということか?



(なに、が……?)


 完全にやられていたタイミングで、いったい何が。


 ぐわんぐわんと揺れる耳の奥を無視して視界を巡らせたルゥナは、一目でわかった。


 見ればわかる。その存在感。


 今までそこに存在しなかった者がいる。

 その向こうにはマルセナたちも転がっているのが見えた。

 だがそれを気にすることも出来ない、超然とした存在が。



「み……」


 静かな森の中にも、激しい嵐の草原にも、あるいは穏やかな湖畔にでも。

 どこに存在したとしても、圧倒的な存在感を放つと共に、そこにいるのが自然と思えるような不可思議な存在。


 四つの蹄で大地を踏みしめ、澄んだ瞳でルゥナたちを見つめるそれは。


「み……三角鬼馬ミツコーン……」


 ニアミカルム山脈を自在に駆ける神獣。

 清廊族の伝説に謡われる魔物だった。



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