第一幕 46話 母の影_2



「ミアデ、ニーレ。隙を見て皆を連れて先へ」

「……はい」


「セサーカは残って支援をお願いできますか?」

「あ……はい、もちろんです」


 実力が足りない。彼女らでは邪魔にしかならない。

 ニーレの弓もこの状況ではおそらく意味がないだろう。戦力として使えるのはセサーカの魔法くらい。



「アヴィ、魔法使いをお願いします」


 魔術杖を持つマルセナの脅威度が高い。

 アヴィに任せるのも不安だが、ルゥナでは対応できないだろうと冷静に判断する。


「わかったわ」

「相談が終わったのなら、冥府へご案内しましょうか。貴女たちの言い方だと……真なる清廊、と呼ぶのだったかしら」


 マルセナは、かつては裏側に置いていただろう嗜虐的な表情で嗤った。

 どうやら素顔を晒すことで快楽を覚えるようになったらしい。


 ふわりとした微笑みを浮かべて、躊躇いもなく。



「原初の海より来たれ始まりの劫炎」

「真白き清廊より来たれ絶禍の凍嵐」


 マルセナの言葉に被せるように謳ったのはアヴィだった。

 手にはセサーカから受け取った木の魔術杖が。


 マルセナの初手の劫炎の魔法は、アヴィの母を深く傷つけた時に見た。

 本来ならルゥナたちの足元から吹き上げる狙いだったのだろうその爆炎は、アヴィの魔法に遮られるように、双方の間で発動し炸裂している。


「っ」


 アヴィの放った凍嵐とマルセナの劫炎が衝突した余波が周囲に響き、ルゥナは顔を庇って呻いた。

 同じ魔法を使っても、ルゥナよりアヴィの方が強い力を発揮する。

 それと拮抗する劫炎の魔法の威力は、まともに受けたら命が危うかった。


 相殺できる理屈はよくわかっていないが、魔法同士はお互いに干渉するというので、アヴィの判断は正しかった。

 余波は反対にも及んでいて、イリアも両腕で顔を庇いつつ前に出て、背中のマルセナの盾になっている。



「そんな杖で対抗されるなんて、自身を失いますわね」

「失うのは、命よ」


 軽い調子でぼやいたマルセナに対して宣言すると、アヴィは杖をセサーカに渡して剣を手にした。


「母さんの仇」

「かあ……さま?」


 まだ魔法の威力が消え切っていない中、アヴィが踏み出す。

 爆心の左に。同時にルゥナが右に踏み出した。


「討つ!」

「はい!」


 同時攻撃。


「記憶には、ありませんわね」


 アヴィの剣はマルセナの冥銀の魔術杖に受け止められ、ルゥナの剣はイリアの棒に弾かれた。


「マルセナ!」

「そっちを相手なさい、イリア」



 戦いが始まったところで、ミアデが清廊族を率いて避難していく。

 近くにいられては迷惑だ。トワたちも、ルゥナの指示に従ってそれについていった。


 魔法使いとはいえマルセナは上位の冒険者だ。身のこなしも常人の域ではない。

 さすがに接近戦では不利と見たのか、魔術杖を使って距離を取りつつ小技を繰り出していた。


「炎よ」

「っ!」


 三つの小さな火球を避け、切り裂いて向かうアヴィだが、意外に俊敏なマルセナを捉えきれない。


「よそ見してる余裕はないでしょ」

「くっ」


 ルゥナは、自分の力不足を痛感させられる。

 強い。

 強いことは知っていたが、今の力なら戦えると、勝てると思っていた。

 相手は木の棒。こちらは使い古しとはいえ剣を持っているというのに。



「天嶮より下れ、零銀なる垂氷」



 氷柱がイリアに迫る。

 それを難なく切り払ったその直後に、もう一本の氷柱が突き刺さりそうになったところを転がって避けた。


「……やってくれるわね」


 二本を一度に発現させた。先ほどのマルセナの炎三つの魔法を見て咄嗟にやったのだとしたら、セサーカの才能は卓絶している。


 魔法使いとして戦いを始めて、まだ日が浅いというのに。

 ルゥナ一人では勝てそうにないが、セサーカがいれば。



「……」


 上位クラスの冒険者というだけではない。イリアは勇者の一行に加えられるだけの力があり、そして経験を積んでいた。

 勇者の剣を防いだことさえあったのだ。武器など有り合わせでも十分な脅威になる。

 ルゥナが力をつけたとは言え、現状で勇者に及ぶはずもない。


「支援は任せて下さい」


 仲間を作ってよかった。セサーカの声に落ち着きを取り戻す。

 独りで出来ないのであれば、出来る算段を整えればいいのだから。



「どういうわけかわからないけど。あんた、こんなに強かったの?」


 イリアの方としても、奴隷としてただ虐げられていたルゥナの今の力に疑問を抱いたらしい。


「貴女を殺してさらに強くなります」

「はっ、上等」


 言ってはみたものの、決して楽な戦いではなさそうだった。



  ※   ※   ※ 



 森に響いた爆発音を耳にするものがいた。


「……」

『……』


 聞こえた方角の空を見つめて、無言のまま頷く。


「あっち」

『うむ』


 二つの影が一つに重なった。


『落ちるでないぞ』

「ん」



 影は一つになり、風のように消えた。



  ※   ※   ※ 



 森に響いた爆発音を耳にするものがいた。


「何事だ?」

「爆発音、ですな」


 答えた中年の男が片目に筒状の遠眼鏡を当てて確認する。


「……ふむ、ここからではわかりませんが、かなり上位の魔法のようです」

「例の黒涎山のやつか?」

「それは何とも」


 十五人の兵士の部隊だった。

 レカンより北東に位置するトゴールトという町の兵士兼冒険者の部隊。


 二十日以上前に崩落したという黒涎山についての情報がトゴールトに届いたのが、十日ほど前。

 その調査と称して、レカン周辺に点在するルラバダール王国支配下の集落などから略奪でもしようかと、そんな目的で向かっていた。


 トゴールト周辺は、ロッザロンド大陸東湾周辺に位置するコクスウェル都市国家群という名称の連合の勢力下にある。

 コクスウェル連合国家としてまとまりつつある彼らは、小さな戦乱の歴史を積み重ねてきた経緯もあり、敵からの収奪に積極的だ。

 その気質は、ロッザロンド大陸からカナンラダにも受け継がれていた。



「ここまで聞こえるとなると、かなりの威力の魔法かと思いますが」

「おもしれえ。そういうのを見たかったんだぜ」


 部隊長であるハラッドは舌なめずりをするように部下たちに笑って見せた。


「森ん中で爆炎魔法ぶっ放すバカだ。何かと戦ってんならちょうどいい。後ろから襲って俺らが英雄様だ」

「おぉ!」


 何かと何かが戦っていて、それが味方でないのなら、後はうまく立ち回るだけだ。

 殺して奪い取るものがあるのならよし。なくても殺してしまえばよし。


 どうせ最初から集落を襲ってレカンの町への嫌がらせをする目的だったのだから、与えられた作戦の方向性と大して変わるわけでもなかった。



「他の部隊に取られてもつまらん。さっさと行くぞ」


 派遣されたのはハラッドの部隊だけではない。

 適度に戦果を挙げて、帰って美味い酒を飲もう。


 カナンラダ大陸の覇権を手中に収めてきた人間たちは、その次の敵を人間と定めて相争うのだった。



  ※   ※   ※ 

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