第一幕 38話 川を渡って_1



 清廊族は生来あまり戦いに向いた性分ではない。

 まして長く奴隷を……場合によっては生まれてからつい先日までずっと奴隷生活だった者もいる。


 戦うことを拒否するのではないかと思ったルゥナだったが、その考えは間違っていた。



「何か手伝わせて下さい」


 真っ先に申し出てきたのは、見た目はおとなしそうなトワだった。

 その左右には彼女の姉妹のような少女たちもいる。

 決意を固めた瞳で。


「……貴女には、最初から言うつもりでしたが」


 ルゥナの言葉に、少女の瞳が見開かれる。

 何かを期待するように。


(何を期待しているんでしょうか)


 期待されている言葉が何なのかはわからないが、前向きな様子に見えた。



「トワ、と……貴女達は」

「ニーレだよ。これを、あの家で見つけてきた」


 青みがかった髪を後ろに一つに束ねた少女はニーレと名乗り、民家にあったらしい弓を手にしている。

 矢筒もあったようだ。おそらく猟師の家だったのだろう。


「使ったことが?」

「まともには、ない」


 首を振る。嘘を吐かれるよりいい。

 そう言う割には、弓を持つ姿が様になっているようにも感じる。


「私らが武器を持つのは許されてなかったけど、下働きで手入れとかはしていた。その時に練習してみたけど、実際に使ったことは……」

「いいでしょう。手入れが出来るのなら使い道があると思います」


 弓の名手ではないが、名手とて最初は初心者なのだから。

 修練を積み、熟達していけばいい。

 やるという意志があることが上達の第一歩だと考えた。



「わ、私もです。ユウラです」


 薄茶色の髪が明るい印象を受ける。ふわふわとした細い髪に、淡い赤茶色の瞳。

 戦えそうな雰囲気には見えないが。


「……」

「私、生き物の気配とかすごくよくわかるから、役に立てると思うんです」


「本当です、ルゥナ様」


 別に疑っているつもりはなかったが、ユウラの言葉をトワが後押しした。


「ユウラは人間が近づいてくるのを遠くからでもわかりますし、それと……ユウラに歌ってもらうと元気になるんです」


 考えながら、どうにかルゥナたちの役に立てそうな技能を挙げようとするが、取り留めのない印象が拭えない。



「……まあ、いいのですが」


 挙げられる特技はそのくらいなのか。

 体力に秀でているとは思えないが、やる気があるのなら鍛えられる。


「気配に鋭敏というのは助かりますから」

「はいっ」


 眠っている時のアヴィの危険を減らす為にはいいかもしれない。

 敵の存在を出来るだけ遠くから感知できれば、当然有利になる。



「あの、私は……あの……」

「……」


 トワも何か自分を売り込みたいのか、ルゥナの顔を見て何か言おうとするが、思い当たらなかったのか言葉が出てこない。

 黙り込み、俯いて。



「……貴女が強くなりたいと望むなら、なれます」


 ルゥナにも出来た。

 ミアデもセサーカも、短期間で人間の戦士と戦うだけの基礎的な力がついた。

 望むのなら、トワがそう望むのなら、戦う力を与えることは出来る。



(おそらくこの子は既に……)


 ルゥナはトワに口づけする前にアヴィを味わっていった。

 おそらく既に、人間を狩ることで力を得る能力は伝わっていると思うが。


「アヴィに口づけをいただきなさい」


 それでも絶対ではない。


 別に減るものでは――減るけれど、ルゥナの心の中の温かさは減るけれど、それはルゥナの問題だ。


 余裕がある間にアヴィの接吻キスをもらって、彼女の特異な力を分け与えてもらった方がいい。

 そうしていく中に、清廊族の英雄や勇者と成り得る者が出てくることを期待する。



「え……?」


 トワが、ルゥナ見つめて瞬きを繰り返す。

 何を言われたのかわからない、と。


「あ、アヴィ様と、ですか?」

「そうです、ユウラ」

「なんで……」


 ニーレも意味が分からないというように聞いてくる。それが普通の反応だろう。



「アヴィと口づけすることで、貴女達にも力が与えられます。人間を狩ることで力を……人間どもが無色のエネルギーと呼ぶ力を、人間の命から得ることが出来る」


 説明が必要ならする。

 そうやって説明しながら、ルゥナも自分の心を整理できた。

 愛情やそういうことではなく、戦う上で必要なこととしてそうするのだと。



「魔物を狩る、みたいに?」

「ニーレの言う通りです。私もまだ理解しきれていませんが、どうやら魔物を狩った時に得られる力も増しているようです」


 特異な力。

 強さを増すことに時間のかかる清廊族という常識を覆す。

 また、仇敵である人間を殺すことでも強くなっていけるという、とても有用な力だ。


「アヴィは私たちの宝で、私たちの女王です。彼女を守りぬくことが清廊族の勝利につながります」

「……」


 トワ以外の二人が頷くが、トワだけはルゥナの瞳を見つめるだけだ。


「……トワ」

「……」


 吸い込まれてしまいそうな、という表現に相応しい瞳。

 ルゥナでもつい見惚れるほど。

 その美しさが危うく思えるところもある。



「わかりますか?」


 しゃらりと音を立てそうな銀糸の髪にも、その灰色の瞳にも、どこか神秘性を感じさせた。

 月明かりのような少女だと思う。

 美しく、儚い。



「……はい、わかります。わかりました、ルゥナ様」


 何を思っていたのかルゥナにはわからなかったが、トワはそう言うと微笑んでルゥナに抱き着いてきた。


「……?」


 好かれているのだとは思うのだが、どうしたものか。


「わかりました」

「そう、ですか?」


 耳元で囁かれた声は、綺麗な鈴の音のように響く。


「あの……お願いをしても、いいですか?」

「何か?」


 役に立ちたいと言い出したのはトワの方だったのに、ルゥナに要求を出していく。


 聞くだけなら聞いてみてもいい。

 そう思ったのは間違いだったかもしれない。


「アヴィ様の後で、もう一度……口づけをしてもらえたら」

「……」



 綺麗な子だと思う。

 悪い印象があるわけではないし、最初に無理やりのような口づけをしたのはルゥナの方だ。罪悪感もないでもない。


 それに協力してくれる気持ちを無下にもしたくない。

 今は戦力が増えるのならそれがほしい。アヴィの状態が万全ではない以上。



「……いずれ」


 問題を先送りすることにした。


「貴女が、十分な働きをしたら……ということでは?」


 餌として。

 自分の何かを餌として、彼女の前に吊ってみる。


「はいっ! もちろんです!」


 やる気が溢れ出すような笑顔が返ってきて、ルゥナの心に一抹の不安を残すのだった。

 


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