第一幕 29話 呪術師の手_1



 影陋族の養殖場はカナンラダにしかないが、何かの養殖場と言うのならロッザロンド大陸にもある。

 魔物の養殖場だ。


 飼いやすく、増えやすく、食肉として処分しやすい。

 そういった数種類の魔物の養殖場がある。



 ロッザロンドである程度の家柄でありつつ戦う力を求められる人間は、まずそこの養殖場で魔物を仕留めるのが通例だった。

 一年、二年と。


 そうしていれば、大した危険もなく無色のエネルギーが得られる。

 だがどうも、ただそれだけでは身につかないようで、武器を使った修練や、筋力を鍛えるようなことも並行して行う必要があったが。


 一定の力をつけてから、次は実地だ。

 人間同士の戦場ということもあるし、ロッザロンドにある魔境で野生の魔物を狩ることもあった。


 生まれつきの体格や反射神経、性格なども、初期段階である程度の差がある。

 人間には個体差があり、無色のエネルギーを得てもそれ以上成長しない者もいることがわかっている。

 どれだけ魔物を殺しても、その器にない者は英雄と呼ばれる領域には辿り着かない。


 キフータスは、自分が英雄の器ではないことは知っていた。

 目の前の影陋族が、その領域に至るだけの力を有していることもわかった。



「こんなことが……」


 打ち込まれた二合目、三合目の斬撃を払ったところで、自分の腕の痺れが無視できない。

 顔には出さないが、圧倒的な力の前に打つ手がなかった。


(美しい)


 研ぎ澄まされた力と共に、どこか超越したような美しさを感じる少女に、圧倒される。


 少女とすれば、不気味に思ったのだろう。

 普通の人間なら死んでいるはずの一撃を三回続けて防がれている。


 偶然ではない。

 剣閃に慣れたら、反撃が来るかもしれないと。

 そう思ったのか、次の攻撃に出ることを迷う。


 キフータスにとっては幸いだった。



「すぐに応援も来るでしょうが、どうしましょうか」


 はったりだ。応援など来る当てはない。

 それを少女が知っているはずもないが。


「……来るなら、全部殺す」

「なるほど」


 わかりやすい答えだ。

 これだけの力があるのなら、その言葉ははったりではない。



「影陋族を解放したら、帰りますか?」

「き、キフータス様っ?」


 条件を確認しただけだが、後ろのゼッテスが慌てた声を上げる。

 彼にとっては自分の財産なのだから、簡単に応じられるはずもないが。


「関係ない。人間は殺す」

「そうですか」


 交渉は決裂。これでゼッテスが安堵するようなら、守って戦う必要もないかと思うところだが。



「わ、私は……邪魔、ですな」


 今更そう思ったのか、壊れた扉から屋敷に逃げ込んでいった。

 影陋族の奴隷もそれに従って。



「く、ううぅぅっ!」


 不意に聞こえた悲鳴に、少女がそちらに顔を向ける。

 隙だらけだ。

 だが、キフータスにその少女を倒せるイメージがなく、まだ腕の痺れも残っていた。


「ルゥナ!」


 少女が叫んでそちらに飛び出した。


「だめ、です……アヴィっ!」

「ひゃっ……惜し、い」



 白い靄が、ルゥナと呼ばれた少女を包んでいた。

 苦し気に呻いた彼女だったが、駆け寄ろうとした仲間の足元に向けて剣を投げつけて止めた。


 その範囲に入れば、苦痛なのか何かわからないが、自由が奪われるような呪術だったのだろうが。



「……殺す」


 静かに断言した少女が剣を振るう。

 まるで届かない位置から、地面を抉るように振り上げた。


「ひゃ」


 ぬるりと躱したガヌーザのいた場所を、地割れのような斬撃が通り抜けていく。

 力任せに振り抜いた剣が、衝撃波を生み出していた。


「おそ、ろしい」

「くはっ、う……アヴィ、すみません」


 避けたはずみで呪術が解けてしまったのか、白い靄が消えて少女が膝をつく。

 改めて駆け寄ってルゥナと呼んだ少女に触れながら、再度剣を振るった。



「ひ、ひゃ……油断でき、ぬな」


 それも躱したガヌーザの体術を褒めるべきか。

 決して素早くはないが、掴みどころがない。

 空中に浮遊する綿毛を掴もうとするような、そんな動きでぬるりと逃げる。


 そうしている間に、キフータスの手も感覚が戻ってきた。



「ガヌーザ殿、何か手が?」

「ひ、ある……が、すこぉし……じ、かんが」


 さすがは天才呪術師だ。

 英雄級の敵を前に、手立てがあると。


「それなら、私が」


 合流してきたガヌーザと少女たちとの間に立つ。

 いくらか時間を稼ぐだけならなるかどうか。


 だが相手は二人ではない。別にもう二人いる。

 戦力的には劣るようだが、存在するだけで厄介なものだ。



「ミアデ、セサーカ」


 アヴィと呼ばれた少女が、控えている二人を呼んだ。


「近づかないで」

「は……はい」

「出てきた清廊族を、お願い」


 そう言ってアヴィは剣を構えた。

 太った男が逃げ込んだ屋敷に向けて、殺意に塗り固められたような赤い瞳で。



「全部、壊す」



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