第一幕 17話 牧場主と上客と……_1



 牧場と、人間は呼ぶ。


 カナンラダ大陸を侵略した人間にとって、土地資源などとは別にその欲望の対象になったもの。人間が影陋族と呼ぶ、大陸の先住民である清廊族。

 清廊族を生育し、また売る為の施設。


 元々数が少ないことと、特に意味のない殺戮などもしてしまった為、さらに清廊族の数は減った。


 人間のような容姿で、長寿の生き物。

 愛玩用に作られたのかというような造形のその生き物を、滅ぼしてしまったら損だと考えた人間がいた。


 それゆえの牧場。



 清廊族は長寿である反動か繁殖力が高くない。

 そんな彼らに、人間は解決策を用意している。


 隷従の呪枷。

 呪いを刻まれた清廊族は、牧場を管理する人間の命ずるまま、繁殖行為を強制される。

 その姿さえ、人間にとってはある程度の娯楽になるらしく、見世物としても金を産んでいた。



 生まれた子供は、また奴隷として出荷されるまで牧場で暮らす。

 食事の量は少なくなかった。品質や味は全く考慮されないが、食事を与えなければ成長が促せない。


 人間どもは言うのだ。良い餌を与えているのだから早く大きくなれ。次の子供を産め、と。

 生まれた子供は、まだ幼いうちから出荷されるものもあったし、もう少し大きくなってからという場合もあった。


 清廊族の特徴である黒髪赤目以外の外見が顕著に出たものは、品種改良などと言われてそのまま牧場に残っていることもある。

 その色合いを遺伝させる為に。



 成長の遅い清廊族を、出産から出荷最低の年齢にまでするには二十年ほどかかる。

 だから、清廊族の奴隷は非常に高価だった。

 その多くは旧大陸……ロッザロンドという人間の大陸の富豪が購入するのだと。


 そうした牧場の経営が成り立つだけの利益が出ているのは間違いないのだろう。

 そこで生まれ育つ清廊族にとっては何も関係がないし、何が間違っているのか考えることさえできなかった。


 だがそれは決して、恨みを抱かないという意味ではない。

 昏く深い底の辺りに溜まり、より濃く純粋な色に澄んでいくのを、日の光の下で笑う人間が目にするのは、それらが溢れる時のことだろう。




「もちろんご用意いたしますとも。ルラバダール王国中興の英雄、その末裔たるラドバーグ侯爵閣下のご要望とあれば」


 大げさな身振りでそう言って軽く頭を下げて見せる50代の男。

 大きく出た腹のせいで、頭を下げようにも閊えて下げきれなかった。


 応対するやはり同年代の、だがこちらはすらりとした体格の男は、その言葉を受けてこちらは優美な会釈を返す。


「さすがはカナンラダ有数の……いえ、最高の商い人と名高いゼッテス殿。我が主も喜びましょう」


 互いに美辞麗句を並べ終えると、挨拶は終わりだというようにゼッテスが客人を先導して屋敷の一室へと案内した。



 案内される場所はいつもと同じ応接室。

 同じ屋敷なのだから、毎回応接室が違うということもない。


 ここを訪れるのは四度目になる彼は、ゼッテスの話に頷きながら応接室の豪奢な椅子に座った。


 遠慮をすることはない。

 屋敷の主人はゼッテスだが、彼の主は商い人より遥かに高い位であり、またそれに近く仕える彼も相応の血筋の出自だった。



「遠路はるばるロッザロンドから足を運んでいただいて恐縮ですな。キフータス様」

「主の命とあらば、冥府の戦場であろうと赴くのが臣下の役目。お気遣いには及びません」


 遠い。

 大陸を跨いだ船旅は、決して楽ではない。

 片道で一月以上の船旅になるし、天候が荒れれば危険も伴う。

 それでも主の――ラドバーグ侯爵の命であれば、キフータスに選択権はない。


(侯爵の傍にいつもいるというのも気疲れするだけだ)


 旅の疲れとどちらがいいかと言われれば、多少の遠路など厭うことはなかった。むしろ遠路である方が良い。

 勤め人としてごく普通の感情を抱くキフータス。それとは別の理由もあるが。


「しかしですなぁ」


 でっぶりと肥えた腹を無意識の様子で叩きながら、ゼッテスが首を振った。

 脂肪が多く、首も満足に回っているようでもないが。


「五匹目とは……私が父から家を継いで10年と少しになりますが、さすがに驚きますぞ」

「お恥ずかしい話、ひとつ壊してしまいまして」


 嘆息と共に、小さく頭を下げた。


「せっかく譲っていただいたゼッテス殿には申し訳ありませんが」


 ふうむと頷くゼッテスに、形ばかりでも謝意を述べる。


 所有権はこちらにあるにせよ、調達するにも手間のかかる商品だ。

 商い人の労力を無下にするようでは良い取引は行えない。お互いにリスペクトが必要だとキフータスは思っている。

 その姿勢でいるから、主の期待に応える成果を持ち帰ってきた。



「いやいや、そのようなお気遣いは無用ですぞ。キフータス様」


 当然のことながらゼッテスもキフータスに頭を下げないでくれと返す。

 それから少し思案するような顔をして、


「ふぅむ……壊れたというのは、あのオスの方でしたか」

「……なぜ、そうお思いに?」


 顔に出ただろうか、とキフータスは訝しんだ。

 取引の上で表情を浮かべるのは必要な時だけにしているのだが、言い当てられたので。



「いやなに、これは商売人の勘というやつですかな。成体のオスを購入される方はそれほど多くはありませんので」


 成体のオスでなければ、あとは幼体か老体か。まあ老体を高額で購入する者もおるまい。

 労働力と見るだけなら成体のオスが最も適しているが、非常に高額なそれをただの労働力として購入するのは割に合わない。

 買った幼体が、年月を経て成体となり、それを手放すというのなら有り得る話だが。



「となると今回も、ご要望は……」


 失ったオスの代わりか、と当たりをつけるゼッテスに、キフータスはつい苦笑を漏らした。

 そう考えるのが普通だろう。


「いえ、今回は」


 持ってきた鍵付きの箱を、ソファの間のテーブルに置く。

 かなり大きい。重さは幼児ほどだった。

 鍵がついているとはいえ用心の為に手放すわけにもいかず、旅路の間もずっと持っていたので、既に重さには慣れていたが。


「ほ、おぉ」


 開示された中身に、ゼッテスがその喉の脂肪を震わせる。


「二匹……オスとメスをそれぞれ、という主の希望でして」

「な、なるほど……失礼、五匹目どころか六匹目でしたか」


 予想していなかったのか、やや脂汗が浮いている。

 普通の庶民なら一生飲まず食わずで働いても買えないような商品を、二匹まとめて。

 船代やらも考えればそれ以上の出費のはずだが。


「わ、は、ははっ、さすがはラドバーグ侯爵閣下ですな」

「急な話でこれに応えていただける方となれば、私はゼッテス殿以外は存じませんので」


 調達に時間がかかる商品だ。

 ロッザロンドの富豪や貴族からの予約順番待ちという話も珍しくない。


 過去に一度、キフータスではない別のものがカナンラダに渡ったこともあったが、中々購入できずに一年以上奔走したのだと。

 帰って来た者を叱責する主人を宥めはしたが、待たされて苛立つ主の傍にいたキフータスの心労も大きかった。


 やはり信頼できるのはキフータスだけだと、主の言葉を喜んでいいのかどうか。



「そこまで仰られてはこのゼッテス、出来ぬとは言えんではないですか」

「カナンラダ広しといえど、高い品質でこれを用意いただける方はゼッテス殿だけでありましょう。御謙遜をされなくとも」


「なんのなんの。確かに、何でも良いというわけではありません。まして侯爵閣下にお届けするとなれば猶更」



 明らかに相場より高い金額を用意されて、ゼッテスの鼻息が強くなっていた。

 過去の取引の上で信頼があるから、それだけの評価をされている。

 それは事実であり、長く商売をやってきたゼッテスでも、そういう姿勢を示されるのは悪い気分ではない。


 むしろ、薄汚い商売人というような陰口を叩かれることも少なくないゼッテスだからこそ、信頼を示されることには心が奮わされた。


「ラドバーク侯爵閣下……いえ、キフータス様からのお言葉とあらば、きっとご満足いただける物をご用意いたしましょう」

「そう言っていただけると、私も主に叱られずに済みます。安心しました」



 取引は成立。まだ商品を見ていないが、成立と見ていいだろう。

 ふっと、ある程度の年を重ねた男二人の視線が緩む。

 商いというのは、これもまた戦いのやり取りのようなものだ。



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