第一幕 14話 戦いの後で_2



 殺すまでに話を聞く為、つい多くの切り傷を作ってしまった。

 足の指の間に、肘に、耳に、目の下に。

 多少の人間の動向を知ることは出来たが、聞くに堪えない罵詈雑言も多かったので、口も裂いた。



 ルゥナがそれを処理して振り返ると、そこには妙な光景が。


「う、うぁ……っ、アヴィ、さまぁ……」

「……ん、動かないで」


 桃色の舌が肌をなぞる。

 セサーカの二の腕にアヴィが舌を這わせていた。

「……」

「くぅ、ん……っ!?」



「……」


 切なそうに声を上げるセサーカに、冷たい視線を向けるルゥナと、目を丸くして頬を赤らめているミアデ。

 やっているアヴィ当人に表情はない。


「ん……」


 当然のように、母猫が子猫の毛づくろいをするように、セサーカの傷を舐めている。




(……治癒、ですね)


 治癒の魔法を使える者は少ない。

 ルゥナは使えないし、セサーカはどうなのかわからない。そういえばまだ試していない。

 アヴィは、その特異な体質で、接触すれば治癒することができるのだろう。今まで見たことがなかったけれど。


 見ている間にセサーカの傷口は塞がっていって、後には息を荒くしたセサーカが残るだけだった。




「……人間は、南のレカンの町が襲われる可能性を危惧しているようです」

「そう」


 治癒が済んだところで話を変えるようにルゥナが言うと、アヴィはいつものように何も関心がないような声音で短く答えた。


「そう。レカンに……」


 関心が、ないわけでもないようだ。

 アヴィはあまり人間社会に詳しくなかった。魔物に育てられていたのだから当然だと思っていたが。


(何か、関りがあった?)


 聞いていいのかわからず、その言葉は記憶の中にだけ留めておく。



「差し当たり危険はないかと思います。この人間どもの装備は使える物は回収しておきましょう」

「ええ」

「今日は……もう一日、ここで休息します」

「そうね」


 怪我のせいかそうでないのか、汗をじっとりと額に浮かせたセサーカを見てルゥナが言うと、アヴィもそれに頷いた。

 死んだ冒険者が他にも回復薬などを持っているかもしれない。


 使える物は使う。ルゥナは故郷でもずっとそう教わってきた。

 そもそも人間どもに奪われたものを取り戻す為に使わせてもらうのは当然の権利だろう。



「水浴び、しましょう」


 風に乗った砂ぼこりが気になったのか。

 集落には井戸があったので、アヴィの言葉に従い皆で水浴びをした。


 誰の目を気にすることもなく、また気温も清廊族にとってはそれほど気になるほどでもない。

 血の臭いや砂ぼこりを洗い流していると夕方になったので、そのまま村で一晩を過ごした。



  ※   ※   ※ 



「あ、っくぅ……」

「……動かない」


 ルゥナはアヴィにお仕置きを受けていた。


(お仕置き……というか、これでは……)


 アヴィの舌がルゥナの足をなぞる。

 その感触に、痛みと共につい別の感情も湧き上がってしまうのは仕方がない。



(……セサーカのことを嫉妬してたのが馬鹿みたい)


「ぅっくぁっ! ……アヴィ、あの……」

「……なに?」

「あの……セサーカの時より、乱暴……な気が、します……」


 脛に残っていた傷をアヴィに治癒されていたのだが、その舌使いがセサーカの時より強いような気がするのだ。

 傷口を舐めるというより、抉るように。



「それは……お仕置きだから」

「……」


 それなら、仕方がないけれど。

 少し考える時間があったのはなぜなのだろう。

 少し涙目でアヴィを見つめる。


「……ルゥナ」


 アヴィの顔が、ルゥナの足から、脚へ、下腹へ、胸に、顔の前まで上がってくる。

 いつもの通り感情をあまり感じさせない表情だが、どうやら怒っているようだと感じた。

 目が、いつもより少し鋭い。


「なぜお仕置きか、わかっていない」

「……はい」



 失敗したからとか、そういうことではない。

 自分の手を煩わせたから、ということでもないのだろう。

 アヴィがどこに怒っているのか見当がつかない。


「もう……」


 嘆息するアヴィの瞳が少し緩んだ。


「私だけ、何もするなって言った」

「……はい」


 本当に危険だと思うまで手を出さないでほしいと。

 アヴィの力なら大抵の敵は片付いてしまう。

 それに慣れてしまって頼り切ってしまうのでは、ルゥナにとっても、セサーカとミアデにしても本当の戦いの経験にはならない。


 それに、なんだか。

 アヴィを利用しているようだ。彼女の類まれな力を、奴隷のように。

 悪いことをしている気がして、そう言った。アヴィの力を頼らずに戦うのだと。



「見ているだけなのは、つらいの」


 切なそうな囁きと共に、ぎゅっと抱きしめられた。


「もう、見ているだけなのは……何も出来ないのは嫌なの」


 母を失った時のように、何も出来ないのは嫌だと。

 失いたくない。

 ルゥナがアヴィにそう思うように、アヴィもそう思ってくれるのだろうか。


「もう誰も、なくしたくない。奪われたくない」


 ルゥナだけのことでもないのか。

 自分が味方とした誰かが失われるのが怖いと。



「……」


 その体を抱き返す。ルゥナと同じくらい華奢な体つきの彼女を。

 背中に手を回して、その温もりを掴まえる。


「ごめんなさい、アヴィ」

「だめよ」

「次からは、アヴィの役割も一緒に作戦を考えますから」

「……本当よ」


 本当です、と言って彼女の髪にキスをする。


「ん、本当よ」


 ルゥナの首筋にアヴィの声が響く。

 くすぐったさが心地よい。


(……これでは、お仕置きじゃないです)


 ご褒美だった。



  ※   ※   ※ 

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