第一幕 12話 初陣、ナザロの戦い_5
生き残ったのは、厄介な相手だった。
それだけの力があるから生き残っていると言えるのか。
残った二人の冒険者は、どちらもルゥナに油断を許さないだけの実力を有していた。
不意打ちではない遠距離攻撃では有効打にならない。
かといって、接近戦で二対一では不利が否めない。
(一人なら、なんとか)
人間から奪った唯一の魔術杖はセサーカに渡してしまった。
魔法が使えれば打開策もあっただろうが、魔術杖なしでは満足な魔法は使えない。
どうしたものかと思ううちに、足元に用意しておいた投擲に適した石はなくなってしまった。
それに気が付いたのか、二人の冒険者が迫ってくる。
集落の中を走るが、この二人は撒けそうにない。
先に準備しておいた、壁に立てかけてある木材を蹴り倒す。
彼らは倒れてくる木材を厭わず、それを振り払って追ってきた。
(本当に厄介な)
冒険者は普通の人間とは身体能力が違う。
この程度のやり方では足止めにもならないのか。
(それなら)
近場の家に逃げ込んだ。
ドアを開けて入るルゥナの背中を彼らも見ていたはず。
「……」
だが、踏み込んでこない。
(でしょうね)
彼らは用心深い。待ち伏せをしていたルゥナたちが、意味もなく追い詰められそうな家に逃げ込むかと考えてしまう。
罠があるかもしれない。
その迷いは多少なり足止めになった。
(とはいっても、ここには何もない)
そのまま二階に駆けあがる。
裕福な様子の家ではないので、当然ガラスの窓などなく、室内は暗い。
だが清廊族は夜目が利く。光がほとんど差さない洞窟内でもある程度見えるほどに。
踏み込んできてくれても有利に戦えたかもしれない。
二階の木製の窓を蹴破り、その勢いのまま窓枠の上を掴んで屋根に上がる。
「ちぃっ、逃がさねえよ!」
冒険者も、適当な取っ掛かりを掴んで屋根へと跳び上がってきた。
今度は屋根伝いの追走だ。さきほどまでとは逆方向に戻るように。
足場が悪いので追ってくる足は鈍る。
ルゥナの逃げ足も遅くなる。どうしようもない。
「くぅっ!」
脛の辺りに痛みが走った。
何かを投げられた。先ほどまで投擲を続けていたルゥナだが、今度は後ろから投擲を受けた形だ。
痛みを無視して走り続ける。
屋根を蹴り、隣の家に。
距離が縮まっていく。
怪我の影響ではなくて、また何か投擲を受けるかもしれないという意識が働いて、どうしても後ろが気になってしまう。
その分だけ進む速度が遅くなり、距離が縮まっていった。
「おらっ掴まえ――っ」
すぐ後ろからかかった声に、身を躍らせる。
空中に。
屋根伝いに跳ねていた体を、足場のない空中に投げ出した。
「っ!?」
さすがに冒険者も、即座には飛ばなかった。
一度地面を確認してから、改めてルゥナの後を追って飛ぶ。
(そこは慎重さが足りないですね)
二拍ほど早く地面に降り立ったルゥナ。
手持ちの武器は、腰に差していた短刀のみ。
落下してくる冒険者に向けて、その短刀を逆手に持って突き立てた。
「ぬぅぅっ!」
殺せるタイミングだと思ったが、熟練の冒険者の対応力はルゥナの予想より少し上だった。
「っ!」
腕を犠牲にして、その短刀を受け止める。
「ぐぬぅぅ」
「……」
即座に短刀から手を離して後ろに飛んだ。
上から落ちてくるもう一人の冒険者。
屋根の上でルゥナに何かを投擲した方だろう。
それまでルゥナがいた場所あたりに、その男が持つ剣が振り下ろされていた。
「大丈夫か、マーダン」
「ああ、ちいと焦っちまったぜ」
答えながら、マーダンと呼ばれた男は腕に突き刺さった短刀を抜いて投げ捨てる。
そして、腰辺りからなにがしかの瓶を取り出して、中の液体を傷口に降りかけた。
「っつぅ……ってぇなぁ」
傷口が、見る間に塞がっていく。
治癒の魔法薬。安価ではないし数も多く出回っていない。だが、一定以上の冒険者であれば常備しておきたい道具だろう。
(手強い)
片方を手負いにさせたと思ったのに、それも回復されてしまった。
逃げ回る中で息切れでもしないかと思ったが、そんな期待も出来そうになかった。
一定以上の経験を積んだ冒険者というのは間違いない。先日の連中もそうだった。
冒険者の奴隷として使役されていたルゥナにはわかる。彼らはおよそ平均中ぐらいの実力の冒険者。
つまり自分も、そのくらいの実力であるということ。
(もっと強くならないといけない)
アヴィの願いを叶える為に、自分も今のままではいられない。
もっと多くの人間の命を食らって強くならなければ。
差し当たってはこの二人だが、今のままでそれが可能だろうか。
「ルゥナ様!」
横から声が掛かった。
セサーカだ。自分の担当した兵士を片付けてきたのか。
木製の杖を振りながら駆け寄ってきた彼女を一瞥して、すぐに冒険者に意識を戻す。
「不用意に名前を呼ばないように」
「え、あ……」
「敵に余計な情報は与えることはありません」
斜め後ろでセサーカが小さくなるのを感じる。
別に叱ったつもりはない。ただ教導しているだけなのだが。
「……生かして帰さなければ同じことですから、次から気をつけなさい」
「あ……はいっ」
少し元気を取り戻したような声を聞きながら、手を差し出す。
要求するように。
「はい」
セサーカの手から、魔術杖がルゥナに渡る。
「なめられたもんだぜ……魔法使いだってのか?」
マーダンとかいう冒険者が訝しむように低い声を出す。
ここまで武器とも言えないような武器で冒険者どもを相手にしてきたルゥナが、味方から魔術杖を受け取ったことを受けて。
「さあ、
情報を与える必要はない。
人間どもに与えるのは死と苦痛。屈辱と絶望だけでいい。
「真白き清廊より、来たれ絶禍の凍嵐」
身も、心も、凍てつき砕けるほどの氷獄を知らしめるのも悪くはない。
「ぐ、まじかよくっそ……」
「この、これは……」
二人の冒険者が、突如発生した猛烈な吹雪に顔を覆いながら走り出す。
吹き付ける氷雪の範囲外に逃れようと。
ルゥナは、他の清廊族がそうであるように、氷雪の魔法が得意だ。
広範囲に効果を及ぼし、敵の視界と体力を奪う。
ただ、この手の氷雪魔法は性質上どうしても瞬殺というのが難しい。
寒いから即死ぬというほど人間は慎ましさがないので、やはり一手足りない。
(アヴィなら……)
考えかけて、やめた。
そんな場合ではない。不毛な思考よりも今はこの冒険者どもを始末するだけ。
追撃を逃れようと左右反対に逃れる冒険者の片方――先ほど短刀を突き刺したマーダンに狙いを定める。
大地を抉るような踏み足で間合いを詰めて、その喉に貫手を放った。
「っざけんな!」
吹雪で目を細めながらも、ルゥナの動きは察知されていた。
傷を癒した右腕でルゥナの貫手を払いつつ、左手で腰のショートソードを抜き放つ。
ルゥナの腹を割こうとするその一撃を、男を飛び越えるように宙返りして躱し、向き直る。
「このマーダン様も舐められたもんだぜ」
顔についた霜を拭いながら、ルゥナを睨みつける冒険者。
もう一人は逆方向に走った為、少し距離がある。
「
「真白き清廊より、来たれ冬の風鳴」
そう、丸腰だった。ルゥナは。
手にしていた魔術杖はない。
「う、ぐああぁぁぁぁっ!」
それを手にしたセサーカが放った魔法は、ルゥナのそれよりは弱い威力で範囲も限定的ではあったが、一度凍えたマーダンの体に再度吹き付けたことで劇的な効果があった。
体中についた霜が、少し体温で溶けかけて、再び凍り付く。
氷点下の温度で吹き付ける風は、彼の体力を削るだけでなく肉体的な痛みも与えていた。
濡れた体で吹雪の直撃に遭ったというところか。
「ばっ、ぐ……味方ごと……っ!?」
確かにルゥナもその魔法の範囲に入っているが、先ほど飛び越えたことで男の体がセサーカとの間に挟まれている。壁になっている。
そうでなくとも清廊族は寒さに強い。人間とは違うし、その前の氷雪を受けてもいないのだから、そこまでの痛手にはならない。
凍えた体を更に冷却され、それでもルゥナに向けてショートソードを振る冒険者。
だがその動きには精緻さも速度も足りなかった。
やぶれかぶれの攻撃に対して、その持ち手を蹴り砕く。
「ぐぁぁっ」
武器を蹴り上げられたその男の股の間を容赦なく蹴り上げた。
ぶちゃり、と。
そんな感触が足の甲に伝わり、不快感と達成感の両方がルゥナの心を過ぎる。
「あ、が……」
腰から力が抜け落ちて、地面に崩れた。
急所だ。まともに立つことは当分できないだろう。
「ちくしょうが!」
そう吐き捨てるのはもう一人の冒険者。
マーダンとは逆方向に走った為に少し離れた位置から、さらに後ずさっていた。
仲間はもう助からないから、自分だけ逃げようと。
もちろん逃がすつもりはない。
「っ!」
男の狙いはルゥナではなかった。
手にしたナイフを二本、続け様に投げる。正確な狙いで、セサーカに。
(しまっ――)
咄嗟に、体が動いた。
ルゥナは咄嗟に、その男を追うことよりも先に、セサーカに向かって投げられたナイフを迎撃に走る。
(あ……?)
投げた直後には、男は背中を向けて全力で離脱に走っている。
ルゥナは、投げられたナイフの一本を払い落とし、もう一本が――
「きゃあぁっ!」
「セサーカ!」
顔を庇ったセサーカの二の腕に突き刺さった。
杖を落として倒れるセサーカを、駆け寄って抱き起す。
(違う。追わないと……)
頭で考えることと体の動きが違う。
腕に刺さった程度、致命傷ではないだろうから、それよりも敵を追わなければならない。
「く、ううぅ……っ」
「動かないでください。傷口が広がります」
口から出るのは淡々とした事実。
抜く前に止血をした方が――
(だからそれよりも優先順位が……)
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!」
轟いた声にはっと振り向けば。
「あ……」
集落の外れ辺りまで逃げていた冒険者の男の右足が掲げられていた。
吹き抜ける砂塵の中で、そこに立つ長い黒髪の清廊族の手に、千切られた男の足が。
滴り落ちる血と共に、その首から長い黒布が揺らめいていた。
※ ※ ※
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