第一幕 11話 初陣、ナザロの戦い_4



「も、もう逃がさんぞ」


 三人の兵士に取り囲まれる。後ろ髪だけ左右、長くたなびかせて逃げていた。

 黒髪は全体的には短く切り揃えて、さっぱりとした印象は気に入っている。


 見繕った服装もかなりあっさりしていた。太腿の辺りで千切ったような短い丈の服に、さらしのように巻かれた胸帯。


 動きやすいといえばそうだ。

 清廊族は寒さに強い体なので、あまり厚着をする必要がない。

 だがその姿は、兵士たちに男の欲を掻き抱かせる。



(……あの男の目と同じ)


 吐き気がする目だ。


 ミアデは集落の外れのだだっ広い荒野で兵士たちに追い付かれた。

 追い付かせた。

 本気で逃げていたら逃げ切ってしまう。それでは目的と違う。


 追いかけてきた兵士たちは、囲んだ所で息が上がっている。

 走り続けて止まると、一気に呼吸がきつくなるものだ。


(すぐに)


 数的優位という油断もあっただろう。息を整えようと止まる。

 その間隙を突き、ミアデの拳が一人の兵士の喉に突き刺さった。



「ぶ、ぇ……」


 握り込まれた寸鉄が、兵士の喉を突いていた。

 口の端から血を零して倒れる兵士。


「隊長!」


 一番不愉快な目をしていたから最初に殺したが、隊長だったのか。

 逃げ腰になった残りの兵士に対して、正面から一気に間合いを詰めた。


「ひっ!?」


 慌てて突き出される槍を躱しつつ、相手の膝頭を思い切り踵で蹴りぬいた。


「あっ、ぎゃあああぁぁぁっ」


 関節が逆に折れる。

 膝を砕かれて倒れる兵士。これでもう逃げられない。



 最後の一人に向けて、出来るだけ獰猛な笑顔を浮かべる。


 今までずっと、人間の笑顔に怯えて暮らしてきた。

 人間の怒鳴り声に震えて暮らしてきた。

 その気持ちを、その思い出を返してやらなければ。



「ま、まだ……仲間がいるんだぞ……」


 兵士が、震える顎を集落の中心に向ける。

 ミアデもまた、そちらを見やった。


「そう……」



 静かに頷いて、顎で示す。


「いないみたいだけど」


 そこには、清廊族にしては少し薄い色素の髪……茶色に見える長い髪の少女が、木製の粗末な杖を振ってミアデに何かを示す姿があるだけだ。

 こっちは終わったよ、と。


「もう、いないみたいだけど?」


 にい、と笑いながら歩み寄る。

 がたがた震える兵士に近付くと、彼は勝手に腰を落とした。

 尻をついた地面に染みが広がる。



「……情けない奴」


 漏らしてしまった男に蔑む言葉を。

 ミアデが人間の奴隷だった頃、虐待に耐え切れずに漏らしたりしたら、さらに激しい折檻を受けたものだ。


 この男をどうするべきだろうか。



「ほ、他の……」

「?」


 まだ何か言いたいことがあるのかと、そのまま聞いてみた。


「他の……村の、人間は……」

「ああ、それなら」


 ちょうどいい。

 答えは知っているし、彼が知りたいのなら教えてあげよう。

 冥府への土産話には悪くないのではないか。



「あんたの下……」


 とんとん、と、音は出ないが指で下を指差す。

 この荒野の、掘り返して埋め戻したようなこの地面の下を。


「ぜぇんぶ、この下で死んでるよ。なんなら掘ってみる?」

「し、……ひっ……」


 ずさ、ずさりと、足をばたつかせて逃げようとする兵士の男。


「じ、地面の……」

「そうだね」


 ミアデは、男の漏らした跡を踏まないように迂回しながら、彼に告げた。


「あんたも、いくんだよ」


 きちんと教えておこう。


「地獄に」



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