第一幕 10話 初陣、ナザロの戦い_3
壊滅した集落で、目的と言われる影陋族を見つけたなら、調査隊としてそれを追うのは当たり前のことだろう。
髪の長い影陋族と聞いたが、見えた限りだと一部だけ長いが全体の印象は短髪だった。
だが髪の長さなど切れば変わるのだし、情報が正しいとも限らない。
とにかくそれを追うが、あまり計画的に立てられていない集落の建物のせいで死角が多い。妙に狭かったりやけに空いていたり。
家と家の路地に逃げて行ったその影陋族を追って走る兵士と冒険者たち。
一番に先行しているのは冒険者の一人だ。
手柄をという気持ちもあるだろうし、兵士より優れた身体能力を見せつけようという思いもあるだろう。
逃げるということは、戦闘訓練を受けた集団と戦うことを避けたいということか。村の素人相手とは違い。
それでも、集落を壊滅させられるほどの力があるのなら、逃げる必要など――
(なぜ、逃げるんだ?)
「うわぁぁぁっ!」
マーダンがその疑問を抱くのと、先行していた冒険者から悲鳴が上がるのはほとんど同時だった。
冒険者とは、一部例外もいるが、どちらかと言えば慎重な傾向の者が多い。
というか慎重でない者は大体に早死にする。先行したのは例外として。
こうした捕り物でも、マーダンなどはつい性分から後ろを走ってしまう。
何か不測の事態があった場合に、後ろにいる方が生還率が高いのだから。
「くそっ、回り込め!」
兵士長の言葉に、兵士たちがその路地を迂回して別々に追っていくのだが。
「かなり深い。ロープでもないと引き上げられんが……」
後列を走っていた冒険者たちは、その場から動かない。
四人が四人とも、冒険者同士の嗅覚で違和感を嗅ぎ取っていた。
落とし穴に落ちた二人を確認したり、周囲の警戒をしたりと。
「おかしいな」
そう思ったのはマーダンだけではない。
情報と違いすぎる気がする。
こういうのは悪い傾向だ。およそ魔物退治でも、この感覚で良いことがあった試しがない。
もし情報通りなら、あの影陋族は人間の部隊を見るなり正面から襲い掛かってきてもよさそうな気がしたが。
(本当に情報通りなら、それも困るんだが)
素人とはいえ百人規模の人間を殲滅出来るだけの力があるのだとか。
間違っていてほしい情報もあるが、これは少し違う。
敵は、この調査部隊が来ることを察知して、罠を張っていた。
だとすれば――
「っ!」
風切り音は聞こえた。
マーダンなら、その剣を弾き返すことも出来ただろう。
だがその冒険者はそれほどの反射神経はなく、運の悪いことにちょうど真逆の方向に注意を払っている所だった。
「ぶふぁっ!? ぐぁぁぁぁ!」
刺さった瞬間に疑問と驚きの息を吐き、続けて悲鳴を上げて倒れる。
「敵だ!」
マーダンを含めて残った三人の冒険者が剣の飛んできた方角を確認した。
だが見えない。
建物の屋根の影だ。
剣を投擲して、即座に身を隠している。刺さる前に。
渇いた風だけが無人のような集落を吹き抜け、誰もいないというかのように砂ぼこりだけを巻き上げていく。
敵がいたはずの屋根。
そして風が抜けていった風下へと釣られるように視線が動いた。
「ぶぐぅっ!」
反対、風上側からだった。
猛烈な勢いで投擲された拳ほどの大きさの石で、一人の冒険者の左顔面が砕ける。
眼球が陥没する音は、その命が失われることをマーダンに伝えた。
「くっそがっ!」
続けて投擲された石を躱して、その先を睨む。
そこには、最初に見かけたのとは別の、影陋族の女の姿が。
「こいつが……」
最初のは囮だ。わざと見つかって注意を引いたのか。
単純な手だが、まさか影陋族がそんな罠を張ってくるとは思いもしなかった。
マーダンが知る影陋族とは、よく言えば純真で、悪く言えば愚直な性格の者が多い。
奴隷だからそうなのかもしれないが、言われたことをただこなす。曲解して手を抜くことも出来るはずだが、ただ言われた通りにやろうとするだけの。
このカナンラダ大陸入植当初に影陋族と戦った戦記を見ても、力も数も劣るくせに正面から戦うばかりだったと言う。
少なくとも、囮を使って分断するなどの策を考えるという話は聞いたことがない。
「っとに、そういうことかよ」
ある程度の力をつけた影陋族で、何かしらの仕掛けを準備して襲ってくる。
数千匹の魔物を殺させて力をつけたのかもしれない。
戦い方も、人間への対策を考えて実践している。
もしかしたら、北方の影陋族の拠点で対人間用に鍛えられたエリート、という可能性もある。
「戦争、ってわけか」
虐げられるばかりだった影陋族が何かの反攻作戦に出てきた、と。
だとすれば面白い。
この情報は金になるし、この女も金になる。
「せっかくだからよ。人間様の敵ってんなら、俺の専門分野だぜ」
マーダンの口元に笑みが浮かんでいた。
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