第一幕 09話 初陣、ナザロの戦い_2
調査隊は11名。
近隣集落からの被害の報告はあったが、集落が壊滅など信じられる話ではない。
とはいえ、複数の集落から同じ報告が上がってくれば嘘だとも思えない。
レカンの町はこの辺りの拠点となる大きな町で、兵士の数であれば三千を超える。
だが、今度は報告による別の危機感があった。
次に襲われるのはレカンの町かもしれない。
となれば、不用意に兵士を動かすことも出来ない。
そこで、6名の兵士から成る小規模部隊と、募集に応じた5名の冒険者で、被害があったという集落に向かっていたのだが。
途中で目的地が変わった。
道中で、つい先日襲われたという人間が逃げ延びてきたのだ。
今まで被害の報告がなかったナザロという集落。
調査隊が出発した頃に襲われ、街道沿いにレカンの町へと逃げようとしていた所で鉢合わせた。
事情を聞けばまさに、調査対象の襲撃で間違いがない。
「まさか本当に影陋族の小娘だっていうのか?」
マーダンの疑念は調査隊全員が同じ思いだった。
「てっきり崩れた黒涎山から何かの魔物が出てきたんだと思ったんだが。確か、グィタードラゴンとかが住み着いていたんだろう?」
「そう聞きますがね。メラニアントの巣だったとも」
「ありゃあ日の当たる場所で活動出来ないはずだ」
二十日前に黒涎山が崩落したという話は誰もが知っている。
特に地震などがあったわけではない。噴火という様子もないので、理由はわかっていないが。
「ああ、アリか」
話していた兵士に向けて、マーダンがにやっと笑う。意地の悪い笑みを。
「巣穴から地面を掘り進んで、地面の下から……バクゥッ! てな」
「やめて下さいよ。そういうの」
「わりいわりい。そんなんなら、気が付いたら集落が壊滅していたなんてこともあるかと思っただけだ」
わははと笑うマーダンに、兵士はイヤそうな顔で口を尖らせた。
嫌な冗談だ。
そうと聞けば、なんとなく足元が恐ろしくなる。
アリ系統の魔物の恐ろしいところは数だ。一匹ならともかく、多くのアリに集られて肉を削られながら殺されるなんて、想像したくもない。
なのに、してしまうではないかと。
村に着く前にと先ほど食べた食事が、何だか胃の辺りから戻ってくるような気がする。
「とりあえず、敵は目に見える影陋族の女らしいからな。えらい美形だって言うんだから楽しみにしようぜ」
「はあ……」
溜息をつく兵士だが、彼にもわかっている。
マーダンが頼れる冒険者であり、緊張をほぐそうと話を振っているのだと。
数百人以上の人間が暮らしていた村を壊滅させるような何かが本当にいるのだとしたら、それは大きな脅威だ。
集落には老人や女子供もいるのだから、戦える男の数で言えばせいぜい二百人というところ。
専業の戦士などはいなくとも、数としてはそこそこの戦力だ。
それこそ、グィタードラゴンでも襲撃してきたのでなければ、簡単に壊滅などしないはず。
「俺もいよいよドラゴン退治かって思ったんだけどなぁ」
嘯くマーダンの言葉は冗談のようでもあり、本気のようでもあった。
彼はもっと東の町で魔物退治を主にしている冒険者だという。ドラゴンが出たのなら戦いたいと思うのかもしれない。
頼もしい、ということにしておいた方がいいだろう。
冒険者というのは大抵が野心家で粗暴だが、そこらの兵士より強いことは間違いないのだから。
※ ※ ※
村に入った人間どもが足を止める。
気づかれただろうか。
そう思ったが、違った。
――誰もいないな。手分けをして探すか?
とりあえず方針の確認だったらしい。
ルゥナは村の入り口近くの小屋に隠れて、胸を撫でおろす。
ある程度中に踏み込んでもらった方がいい。
この連中は小規模だが軍の部隊だ。
おそらく、連続襲撃事件に対する調査を目的とした部隊。
情報を持ち帰らせない方が得策だろう。
(ばらけてくれたら、個別に処理を……)
――いや、何があるかわからん。まとまって動くぞ。
残念ながらルゥナの期待した展開にはならなかった。
とりあえず、指示を出した男がリーダーなのだろう。
最初に提案した男は、リーダーに対して敬意を払っていなかった。
直接の部下ではなく、臨時の雇われ者。おそらく冒険者なのかと見当をつける。
兵士よりも脅威度が高い、と見ておく。混成部隊ということになる。
兵士が同じ兵装でいてくれたら見分けやすいのだが、残念ながらそうではない。
それぞれが違った恰好をしていて、どれが兵士でどれが冒険者なのか。
並の兵士相手なら、セサーカとミアデでも対応できると思う。
彼女らは既に、成人の男と比べ倍近いほどの身体能力を有している。
たったの、ということではない。普通の男の倍の筋力があるのなら、数人を相手にしても対応できるだけの戦闘力になる。
(兵士相手なら、問題ないと思いますが)
熟練の冒険者となれば、彼女らと同等以上の身体能力を有していて、戦いにも慣れているはず。
付け焼刃の少女に相手が出来るとは思えない。
(準備をしておいて良かったですね)
――いたぞ! 影陋族だ!
声が上がった。
その声を聞いて、ルゥナは立ち上がる。
作戦の開始だ。
見つけたミアデを追っていく兵士たち。
集落は、あまり計画性なく密集して建物を建造していた為、死角が多い。
ミアデはその死角に逃げ込み、追手の視線を切る。
その背中を追う兵士たちがそこに駆けこむと、深めの落とし穴が――
「うわぁぁぁっ!」
止まろうとした兵士に後ろからぶつかる者がいて、二人ほどが落ちた。
深めに掘ってあったので、落下の衝撃で骨折程度はしているだろう。
「くそっ、回り込め!」
散開する兵士たち。と言っても動いたのは五人だけ。
その中で動かない者がいた。四人。
(あれは……冒険者ですね)
落とし穴の中を覗き込み、それから周囲を見回している。
兵士たちと違って、どうやらこういう不測の事態に慣れている。
(集落を壊滅させたような力があって、逃げ回るのはおかしい。と)
落とし穴だって不審だろう。
情報との違和感を覚えて迂闊に動かない。
やはり厄介な相手だ。目の前の餌に釣られてくれたら良かったのだが。
その場合は、背後からルゥナが襲うという手筈だった。
(こういう厄介な相手があの子たちの方に回るのも困りますか)
セサーカとミアデでは、身体能力は別としても、駆け引きや技術的な部分で大きく劣る。
この厄介な相手はルゥナが対処した方がいいだろう。
(私とて未熟ですが)
弱音は言えない。
ルゥナは、村の入り口に近い建物の屋根からその様子を確認して、一度身を隠して息を吐く。
もう一度吸って、吐いた。
「……」
握り締めた剣は、村を襲った際に誰かが落としていた粗末な短剣だ。
特に惜しいものでもない。
その刃の根元を親指と人差し指で掴み、肩の上に構えた。
目線と、切っ先を合わせる。
一番厄介そうに見える男……ではなく、別の冒険者に。
(まず数を減らす)
放たれた短剣は狙いたがわず、一人の冒険者の脇腹辺りに背中から突き刺さった。
※ ※ ※
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