第一幕 08話 初陣、ナザロの戦い_1



「いいですか、セサーカ。ミアデ」


 人気のない集落の一部屋で、ルゥナはテーブルに敷いた布に地図を書きながら話していた。


 急に力が増した少女たちは、熱を出してしまった。

 人間の村にはそれなりに快適な寝床があったし、食料も残っている。

 置いていくわけにもいかず、無理に連れ回して病状が悪化するのもよくない。


 数日、この村で休息することにして、セサーカとミアデの回復を待った。


 人間の死体と命石を埋めていて、通りすがりの冒険者に襲われたのが二日前。

 あとはアヴィと少しだけゆっくりとした時間を過ごしたりもしていたが。


(……こういう時間は、今までありませんでしたから)


 思い返してみて、悪くはなかったかという気持ちもある。



 そうしている内に気配を感じた。

 村に近付いてくる人間の集団を。


 先日のことがあり、ルゥナも警戒を強めていた。少数ではなく、ある程度の数で移動している集団なら気配を完全に消すことが難しい。

 土煙や炊事の煙、風に乗って流れる臭いや音。


 もう一刻もしないうちにこの村に到着するだろうそれらを察知して、彼女らを呼んだ。

 ミアデとセサーカは、熱は下がったはずなのになぜか上気した面持ちで、多少髪が乱れていた。



(……元気を持て余してしまった、ということでしょうか)


 アヴィとの口付けで少女の中の何かを変えてしまった部分があるのかもしれない。


 それはいい。

 その気持ちがアヴィに向かうのでなければ、ルゥナにとっては問題ではない。


「人間の集団が、この村に迫っています」


 セサーカとミアデの顔に緊張が走る。

 だがそれは一瞬のことで、後にはご飯前の子供のような表情を浮かべた。



「ルゥナ様、あたしが殺していいですか?」


 ミアデの傾向は悪くない。


「ちょっとミアデ、どういう相手なのかもわからないのに」


 セサーカの考え方も、悪くない。



 少女たちはそれぞれ性分が異なる。当然のことだが。

 少し血の気が多く攻撃的な思考のミアデ。

 冷静に、どうするのが効率的なのか考えようとするセサーカ。


 ここ数日で確認した限り、それは戦闘能力にも反映していた。

 武器を使った戦闘が得意なミアデと、魔法を使った遠隔攻撃や支援が得意なセサーカ。


 どちらも今の時点でルゥナに勝ることはないが、得意分野を伸ばしていくのは戦力として有用だろう。



「わかっているとは思いますが、人間の中には冒険者がいます」

「冒険者……」


 ミアデとセサーカが息を飲む。


「それだけではありません。兵士の中にも、それと変わらぬ力やそれ以上の者もいます。英雄と呼ばれるような者が」

「……」

「見た目だけではわかりません。危険な相手もいるのだと、まず理解しておきなさい」


 これから先は戦争だ。

 人間と清廊族との。

 ただ殺戮を楽しむだけでは勝利できない。


 敵を知り、こちらの被害を最小にして、人間の被害を最大にする為にどうすればいいのか。

 手駒として用意したミアデとセサーカにも、簡単に死んでもらっては困る。



「敵のことがわからない以上、まずは私と貴女達とで対処します」


 そう言ったルゥナの背中で、みしりと音が鳴る。

 座っていたアヴィが立ち上がって、ルゥナの背中に立った。


「どうして……私が戦えば済む話だわ」

「いけません、アヴィ」


 ルゥナはそれを認めない。

 それは一番危険なことだから。

 先日助けられて、改めて考えた。アヴィを最前面に立たせてばかりではいけないと。



「今も言いました。人間の中には英雄や、勇者と呼ばれるような強大な力を持った者がいます」

「ゆ、う……」


 アヴィの拳に力が込められる。

 憎い何かを思い出すように。


「数は、多くありません。そうそう出会うこともないでしょうが」

「……」

「それでも、そういった人間や、それに近い力を持った冒険者などがいた場合に、何の情報もなく戦うのは危険です」


 先行して敵と当たるのは、アヴィではいけない。


「アヴィ……貴女に何かあれば、他の誰にも代わりがいません」

「でも……」


「母さんの仇を討つ」


 びくり、と。

 アヴィの体が震えた。


 その様子を目に収めてから、そっと息を吐く。

 言い聞かせるように。


「それまで生きて、戦うことが貴女の使命。英雄も勇者も必ず殺す。そうでしょう」

「……わかったわ」


 アヴィは頷いて、再びルゥナの後ろの椅子に腰を下ろした。

 不安げにやり取りを見守る少女たちに、ルゥナは無表情のまま首を振った。


 聞くな、と。

 アヴィと自分との想いに踏み込ませたくはない。

 他の誰でも。



「……そういった心配事だけでもありませんが。ミアデ」

「は、はいっ」


 急に名前を呼ばれたミアデが、びしっと背筋を伸ばして声を上げた。

 別に叱るつもりはないのだけれど。


「人間を殺せば、それが貴女達の力になる。わかりますね?」

「……はいっ」


 にやりと、ミアデの口元に笑顔が戻る。

 戦力の強化も目的の一つだ。


「セサーカも。無色のエネルギーを得ると共に、戦闘に慣れることも重要です」


 片割れも、涼やかな笑顔を浮かべて頷いた。

 穏やかな気性に見えるが、その瞳の奥は冷たい色。


「この村の簡単な地図です。人間どもはこちらの道から来ますから……」


 ルゥナの説明に、ミアデ達が聞き入る。



 この村の名前は何と言ったか。

 黒涎山から西南に歩いて三日ほどの場所にある小さな村。ナザロだったか。

 この場所から始まる。


(アヴィと私の、本当の戦いの日々が)


 ナザロの戦い。

 後に人から災厄と呼ばれる彼女らの初陣だった。



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