第一幕 07話 特別な彼女_3


ルゥナ

https://kakuyomu.jp/users/ostksh/news/16816700426268367359


  ◆   ◇   ◆


 死体を放置しておくのも嫌だ。

 弔う気持ちなどないが、そのままにしておけば腐るし魔物なども寄ってくる。


 ミアデとセサーカは、急に力を得たせいか体温が高くなり、寝かせていた。

 少しの間、この村にいることになる。



 埋めてしまおうと。

 村はずれにアヴィと共に穴を掘り、人間どもの死体を放り込む。

 白い魔石――命石も、今はどうにも使い道がない。一緒に埋めた。



 土を埋め戻すだけなら大した労力ではない。

 アヴィに休むように言ったが、血と泥に汚れたついでだから、何か新鮮な肉でも獲ってくると出て行った。


 食べ物だけなら村に残っているものもあるが、わざわざ。

 アヴィなりに、新しい仲間への歓迎の意思なのかもしれない。

 獲ってきた肉で元気づけようとは、獣的な発想がアヴィらしいか。



 そんなことを考えながらの単純作業。

 泥の音と血肉の臭い。


 少しも油断がなかったとは言わない。



「っ!」

「ちぃっ」


 掘り返した柔らかい土に突き刺さる鉄杭。

 咄嗟に飛び退かなければ足に刺さっていた。


「こいつが村を襲った影陋族か!」

「気を抜くんじゃないよ! 百人以上を殺せるなんざ上位の冒険者並みさ!」

「冒険者……」



 小さな開拓村だ。

 レカンと呼ばれる大きな町から外れた山林の中。周囲に柵などもない。


 家屋を作る目的と、ついでに畑の確保の為に周囲の木々は伐採されている。

 しかしその周りは木々が多く、視界が悪かった。


 三名の冒険者は息を殺してルゥナに近付いていた。

 もっと多数だったり、戦闘に不慣れな者ならもっと早く察知出来ただろうが。


 髪に白い者が混じる大女と、それよりは少し若く見える男が二人。

 手練れの冒険者。



「一匹かい?」

「もう一匹は死んだんじゃねえか、姐さん」


 村から逃げ延びた者が助けを求めたのだろう。

 近場の村に常駐していたのか、ただ通りすがりか。どちらにしろ。


 アヴィとルゥナが村を襲ったことを知っている。

 後続があるのか、そうではないのか。



「レカンの町から……にしては早いですね」


 相手は警戒している。

 ルゥナの力を量りかねて、村を壊滅させた清廊族という事実に。

 アヴィがいなければ出来なかった。しかしそれを知りようもない。


「勇者様を追って黒涎山に向かってたんでな」

「あいにく、崩れて入り口もなくなっちまったけどよ」


 ルゥナの言葉に対して、男どもが欲しい情報を教えてくれた。

 思ったより到着が早い。

 たまたま近くにいただけだ。とすれば後続はない。


 なるほど。

 冒険者らしく魔境で一稼ぎしようとした。勇者のおこぼれで。

 神洙草が採れるという話もある。崩れた黒涎山周りで探索していたのだろう。


 帰る道中で、逃げた村人から助けを求められた。

 わずかな会話でも十分役に立つ。逆に、こちらの情報を与える必要はない。



「お前たち、女だと思って余計なこと言うんじゃないよ」

「……」


 なるほど。ルゥナは人間から見れば若い娘だ。

 実年齢はともかく。

 口が軽くなることもあるかもしれない。



「捕まえりゃ、売るまでは遊ばせてやるよ」

「話がわかるぜ、姐さん」


 欲も、力になることもある。

 不快な視線。首に残る傷痕が疼く。

 隷従の呪い。あんな思いは二度とごめんだ。



「じゃあ、遠慮なく!」

「いくぜ」


 魔術杖は手元にない。離れた場所に。

 手元にあるのは、穴を埋めていた土匙だけ。

 幸いなのは、村にあった中では頑丈な金属製を持っていたこと。数少ない高級な農具。



「はっ!」


 やはり警戒されている。

 近付く前に投げられた石礫を払い、襲ってきた片割れの短めの槍を受け止めた。


「へえ」

「っ」


 打ち払う。力はルゥナの方が上。

 続けて、石を投げた男は短剣でルゥナの足を狙った。


「その程度で」


 踏み足で後ろに飛びながら土匙を振る。


「うおっ!?」


 仰け反った男の眼前を通り過ぎた。

 惜しい。もう少しで当たったのに。


 と、思う暇もなかった。

 影が差したかと思えば大女がすぐ傍から。


 ――ブォン!


 拳を叩き落とした。

 

「くっ」


 重い音を上げる拳を土匙で防ぐが、弾き飛ばされた。

 拳を武器にする冒険者は少なくない。武器を失った場合でも拳は大抵残っているのだから。


 続けて反対の拳だが、先ほどと同様に大振りだ。

 躱せる。


「っ!?」


 躱した。けれど。

 その拳に握られていた重り付きの縄がルゥナの腕に絡んだ。


「こういう手もあるってさぁ」

「しま――」


 手練れの冒険者。ただの戦闘力だけに頼らない手管を持っている。

 正面から一対一ならルゥナの方が上でも、冒険者は自分より強い魔物でも対応する手段を用意しているものだ。



「姐さん!」

「あたしが抑えている間に、動きを――」


「触らないで」



 冷たい風が抜けた。

 春先だというのにひどく冷たい。

 そう感じさせる声と共に、刃が。



「あ、へ……」


 間の抜けた音。

 首を裂かれた男の喉から漏れる。

 続けざまに残った方の男も、また。


「うぎいぃぃああぁ!」


 こちらは乱暴に腕を捥がれた。

 無造作に掴み、捩じり切る。

 風と共に現れたアヴィの手で。



「あ、あんたが二匹目の……」

「……」


 大女を一瞥すると同時にルゥナの腕に巻き付いた縄を断ち切った。

 素手で。剣ではなくて。


「ち、仕方ないね!」


 縄を斬られた大女は姿勢を崩すこともなく飛び退く。

 やはり熟練の冒険者。咄嗟の対応も体の使い方も一流。


「あんたの首だけでも金に――」

「お金……そう」


 ルゥナは尻から倒れていた。

 縄を切られた際に、引っ張っていた反動で。

 耐えようと思えばできただろうが、アヴィが来てくれた安堵でつい気が抜けた。



「つまらないわ、人間」


 後ろに下がった大女の、そこからの踏み込みと拳の一撃。

 決して遅かったとは思わない。けれど。



「お前たちはみんなそう」

「ぶ……ぼぇ……」


 殴りかかってきた拳を軽く払い除け、代わりにアヴィの手刀が大女の腹を貫いた。


「そんなものの為に、私の大事な……」

「ぶえぇぁ! が……」


 引き抜く。

 臓腑だったのか脊椎だったのか、赤黒く染まった腹の中の物を。


「あ、あねさ……」

「……」


 腕を捩じ切られた男はまだ生きていた。

 膝を着き、涎を垂らしながら。



「……ねえ」


 大女の腹から引き抜いたものを手に、アヴィが男に歩み寄る。二歩。


「お前たちは冒険者?」

「は……ぐぅ……」


 痛みで答えられないのか、ただ話したくなかっただけなのか。

 どちらかはわからないが。


「お前たちと勇者は、どれくらい違うのかしら?」

「……」

「勇者、知っている? あれはお前たちと比べてどのくらい強いの?」



 聞き出そうと。

 ルゥナから見れば稚拙な尋問だが、アヴィはアヴィで知りたがっている。

 母を殺した勇者というのが、どの程度の力なのか。


「は……はは……」


 苦痛に喘いでいた男の口から漏れた。

 わらい声。

 嘲るような。


「勇者は……勇者なら……お前らだって、なぁ……」

「……」

「俺らなんかより数段強い。お前らなんか」

「そう」


 ぶしゃりと。

 握っていた大女の臓物を、男の顔に叩きつけた。

 頭ごと吹き飛ばして。



「……数段? そう」

「……」


 つまらなそうに。手についた血肉を振って払う。

 それから尻を着いているルゥナに微笑みかけた。


「汚れちゃったわ。ご飯の前に洗いましょう」

「……そうですね」


 ルゥナが遅れを取った三人の冒険者を難なく倒して微笑む。

 やはりアヴィは強い。

 彼女と並び戦う為には、まだまだ力をつけなければ。


「……服も、替えを探しましょう」


 血と泥に塗れた衣服。

 人間どもの服を奪えばいくらでも替えはある。


「あの子たちも、もう少し可愛い服があるといいわ」


 遠慮はいらない。

 元は清廊族の地を奪い、清廊族を踏み躙り作った人間の村。

 一つずつ、取り戻していく。

 アヴィと共に、奪われてきた全てを。



  ※   ※   ※ 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る