第一幕 06話 特別な彼女_2



 集落が襲われた。


 新大陸――カナンラダ大陸開拓の大陸南部地域に位置するレカンと呼ばれる都市に、この十日あまりで何度も入ってきた報告だ。



 人間が西大陸――ロッザロンド大陸からこのカナンラダ大陸を発見して渡ってきたのが百五十年前ほど。

 一定の住み分けが出来てしまっていたロッザロンドと違い、新大陸は誰のものでもなかった。


 手つかずの土地に豊かな資源。

 北方に行くと寒冷地で居住に適さないが、南方はそこそこ住みやすい気候で、多くの人間が海を渡った。

 夢を抱いて。



 金銀宝石といった資源もある。

 未知の魔物もいる。


 また、都合の良い労働力になる生き物もいた。

 人間の言葉を解し、似たような容姿で、長い寿命で人間に仕える種族が。


 強欲な者、荒くれもの、あるいはロッザロンドで食い詰めたようなはみ出し者。

 ただ単に夢と希望を願う浅はかな若者も多かった。

 彼らは新大陸に渡り、人間の町を作り、その活動範囲を広げていく。


 最もうまくやったのは、畜産業の成功者であるミルガーハという男。

 ミルガーハはカナンラダに住んでいた種族を捕え、影陋族えいろうぞくと名付けた。



 影陋族えいろうぞくは人間ではない。そう喧伝した。


 人間ではないので、奴隷の呪枷を施して良い。

 当時の現地領事にそういう法を作らせて、影陋族のを作った。


 そして、その影陋族を優先的に本土に出荷する権利を得て、カナンラダ大陸一番の大富豪の地位を築いていく。


 百五十年の間、西部、南部の影陋族は人間の支配を受け、残りは極寒の北部と断崖絶壁に隔てられた東部に細々と暮らしているだけになっているはずだった。





「影陋族の娘が、村の男どもを皆殺しに?」


 レカンの酒場でその噂を聞いた冒険者のマーダンは、何を馬鹿なことをと聞き返した。


「おいおい、最近南部じゃそういう怪談話でも流行ってんのか?」


 鼻で笑い飛ばして、酒を呷る。昼間から。


 普段はもっと東側にあるトゴールトという町を拠点にしているマーダンだが、今はレカンに来ている。

 カナンラダ大陸で最近名を上げている若い冒険者の噂を聞いた。


 この町から少し離れた黒涎山こくせんざんという魔境に向かったということで、少し興味が湧いたのだ。

 もし成果があるようなら、俺も黒涎山に入ってみるか、と。



 マーダンは主に珍しい魔物を狩ることを目的とした冒険者だった。

 行ったことがない場所で何か見たことがない魔物がいるかもしれない。


 とはいえ、何もわからない魔境に足を踏み込むほどの無謀さは持ち合わせていない。

 有名な若造が先に調査をしてくれたら、その上で黒涎山に入ってみようかと思っていたのだが。



(当てが外れたな)


 だから昼間から酒を飲んでいる。

 二十日ほど前に黒涎山は崩れ落ち、そこに向かっていた若い冒険者たちの消息はわからないのだと。


 せっかくここまで来たのが無駄足だったにしても、このまま帰るのも面白くない、と。

 他に何か稼ぎ口でもないかと酒場で話を聞いていたところで、何だか妙な話が出てきた。


「本当なんだって」

「誰がそんな話を?」

「その村から逃げてきた男が……」

「皆殺しにされたんじゃねえのか。法螺話だな」


 バカバカしい、と笑うマーダンに、話していた男がさらに言い募る。


「調査隊が出るんだ。募集している」


 嘘ではないと主張するように。

 作り話というのではなく、何かしらの根拠があって、町として対応を検討しているのだと。


 それを聞いて、マーダンも少し態度を改めた。


「あぁ、調査隊ねぇ……真偽がわからねえから調査するって話だろ」


 否定的に言いながらも、多少は考え直しているのだ。

 何かしらの調査が必要な事態が起きていると。


 影陋族の若い女が村人を皆殺しというのは噂話だとしても、何か普通ではない事態がある。

 無駄足ついでに、その調査隊とやらの募集を見てみるくらいは良いのではないかと、そう思った。



 影陋族のことはマーダンも知っている。女神の恩寵の薄い種族で、魔物退治をしてもあまり強くならない連中だ。

 普通の人間と同等程度の力はあるが、魔物退治を専門とする冒険者と比べたらかなり劣る。


 人間の熟練の冒険者でも、村を一つ滅ぼすなど難しいだろう。

 村にだって男手があり、さすがに百人以上の人間を相手に戦えるほどの体力は冒険者にもない。


 一部の、勇者英雄とまで呼ばれるクラスでなければ。

 影陋族などに出来るかと言われれば、やはり眉唾だが。



「まあいいさ。そんな恐ろしい何かがいるってんなら、俺もその調査に参加するぜ」


 このレカンの町まで足を運んだついでだ。

 酒代程度の稼ぎにはなるだろう。


 マーダンはそんな軽い気持ちで、近隣集落の調査に参加することにした。



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