第一幕 05話 特別な彼女_1
理由はいくつかある。
一つは、獲物を狩ることで非力だった少女たちに力をつけさせること。
また一つは、生き物を殺すことへの抵抗感をなくすこと。
力の弱い幼子だろうが人間という種族に容赦をしてはならないと、その訓練だったとも言える。
別の理由として、今まで虐げられ続けてきて恐怖を刷り込まれている人間という種族に対して、戦う意志を持たせるため。
荒療治であることは認めるが、時間に余裕があるわけでもない。
アヴィとルゥナが最初の村を襲撃、殲滅してから二十日ほど経過している。
そろそろ、人間が何かしらの対策を打ってくるだろうと予想された。
この故郷の大地から全ての人間を排除する。
旧大陸から渡ってきて、長く平和だったこの土地を奪い、清廊族を蹂躙する人間どもを絶滅させる。
その目的を果たす為に失敗は許されない。
アヴィだけがその力を有していて、その意志を実行できる。
清廊族と人間どもの戦いはこれからだ。
その為にアヴィは戦うし、ルゥナはそれを助ける。
勝利を掴むためには、まだまだ戦力が必要なのはわかっていた。
滅ぼした村の中の一部屋で眠るアヴィを見つめる。
黒い髪に赤い瞳。
これは清廊族の一般的な特徴だが、もちろん個体差もある。
違う特徴の者もいるが、アヴィとルゥナはどちらもその標準の範囲内。それでも若干の違いはあった。
アヴィの髪は黒く艶やかで真っ直ぐに伸びていて、瞳の色は血のような深い赤色。
ルゥナの髪は、細く柔らかく、伸びた毛先が少し丸まってしまう癖のある髪だ。瞳の色もアヴィより薄くくすんでいるように見える。
出会ったのも二十日ほど前。暗い洞窟の中で。
冒険者パーティの奴隷となって、夜目が利く雑用係として働かされていたルゥナ。
洞窟の奥底で、伝説の魔物とひっそりと共生していたアヴィ。
ルゥナから奴隷の首輪を外してくれたのは、その伝説の魔物だった。
そして、その伝説の魔物は死んだ。
冒険者の一人の必殺の雷撃を受け、最後はアヴィの手によってその命を終えた。
魔物は最期にアヴィに力を残して死んだ。
母、だと言っていた。
生物的な母なのではなくて、関係性が母子だったのだとはわかっている。
言葉も喋らない魔物が何をと思う者もいるだろうが、最後の時を見届けたルゥナは理解していた。
どんな生き物同士であろうと、確かな絆がそこにあったのだと。
洞窟を出て、人間の村を襲った。
全ての人間に復讐をしようと誓い、実行した。
いくらかやってみて、足りない部分を理解する。力はともかく、手が足りない。
多くの敵を相手にして、その全てを処理しようというのであれば、圧倒的に手が不足する。
逃げられた人間は襲撃のことを他の人間に話すだろうし、何かしら対応もしてくるはずだ。
それに、生き延びればまた増える。
根絶やしにしなければならないが、結局手が足りない。
だから仲間を増やそうと。
アヴィは何となく自分の特性を理解していたようで、自分の体液を分け与えれば清廊族に恩寵を授けられると言った。
それは……ルゥナで確認していたからなのかもしれないが。
(私だけが特別だったらよかったのに)
他の清廊族でも同じことができる。
既にいくつかの村々を滅ぼして、数百の敵を処理した。
ルゥナの力は既に普通の人間の数倍以上になっている。アヴィにはまだまだ及ばないが、役には立てているはず。
思わず溜息が漏れた。
堂々巡りにしかならない思考で、どう考えたところで答えは同じだ。
アヴィの望み通り、人間をこの世界から消し去る。
清廊族と自然のままの世界に返す為に戦わなければならない。
その為の戦力であり、仲間だ。
ルゥナの好き嫌いで考えるのは合理的ではない。
(嘘でも、言ってくれたから)
特別だ、と。
他の子と口づけをしたその唇で、ルゥナは特別だと言ってくれた。
それ以上を望むのは贅沢が過ぎる。
アヴィが母を亡くした責任の一端は自分にあるのだから。
「……ん?」
眠るアヴィが声を漏らす。
比類ない強さを誇る彼女だが、案外と眠りは深い。
眠っている間は不用心というか、かなり油断しているように思う。
最近まで奴隷生活をしていたルゥナは眠りが浅い。少しの物音でも目が覚めてしまう。
一緒にいることで眠るアヴィを守ることも出来るのなら、それも嬉しい。
「ん、ルゥナ……?」
寄り添って眠るのはアヴィの癖だ。
柔らかいものに触れていないと不安なのだと、最初の頃に言っていた。
こういうアヴィの一面はルゥナしか知らない。
そう思えば優越感もあるし、安堵する気持ちもある。
「すみません、起こしてしまいましたか?」
「ん、ぅん……」
もう一度、ルゥナの肌に顔を押し当てて眠る。
外では寒気がするような酷薄さを見せる彼女だが、眠るときは甘えん坊の子供のようだ。
こんな彼女を傷つけようなどと、魔物でも思わないのではないか。
人間でもなければ。
卑劣で残虐な人間という種族は、清廊族の……アヴィの敵だ。
(私が、貴女を守るから)
そう心に決めて、共に眠るのだった。
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