第一幕 03話 終わりの幕開け_3
人間の力は、まずはその数だ。
清廊族と比べて彼らの寿命は三分の一ほどだが、その成長は三倍ほど早く、繁殖力も高い。
また、神話の時代に受けたとされる女神の恩寵により、世界中に生息する魔物を殺すことで、その力の一部を得ることが出来る。
魔物が持つ魂のエネルギーは、死ぬ際に心臓の辺りで結晶化する。
その際に少しだけ、無色のエネルギーと呼ばれる漏れ出したものが、殺した者に宿る。
これは、人間と祖を同じとしながら女神に従わなかった清廊族も同じく、その無色のエネルギーを得ることが可能だった。
それについても、人間と清廊族との差が三倍ほど。
人間が三百匹ほどの魔物を殺すとその一匹分と同等の力を得ると言われるのに対して、清廊族は千匹でそれと同等程度。
女神に従わず、魔物や自然と協調して生きることを選んだ清廊族は、女神の恩寵が薄れた。
魔神の恩寵により、長い寿命と寒冷地での生活を可能としたことの引き換えとなっている。
人間同士の殺し合いでは、無色のエネルギーは発生しない。いくら人間を殺してもそれで力を得たりはしない。
魔石と呼ばれるエネルギー結晶も得られない。
この関係についても、恩寵が薄れたとはいえ清廊族も人間と祖が同じとする為、人間同士の殺し合いと同じく。清廊族をいくら殺しても、その逆でも、それで力を増すことはなかった。
「力を、あげるわ」
人間に比べて長寿ではあっても非力な種族。
その清廊族の年若い女性であるアヴィが何をしたのか。
この村を襲い、目に付いた人間を片っ端から殺していったことを、少女たちは目にしていた。
自分たちを使役していた商人も、その護衛の冒険者どもも、まとめて殺されていたのだから。
一部、まだ呻き声を上げながら積み上げられている人間どもの中に、その同行者もいるようだが。
「っ!?」
俯いていたミアデの頬を、アヴィの両手が包んだ。
「え、んっ、むぅ……」
有無を言わせず、その唇に桜色の唇を押し当てて、恩寵を授ける。
アヴィが母から受け継いだ恩寵を、力がないと嘆く少女に。
「……」
ルゥナは、目を逸らした。
わかっていたことだとはいえ、あまり見たくない。
自分の心が波立つのを感じて初めて、自分の感情を思い知る。
ただの協力関係ではない。アヴィと過ごしたまだ長いとは言えない時間の中で、自分の心がどれだけ彼女に占められていたのか。
(……不愉快に思うだなんて)
アヴィの行動は正しい。
手駒を増やす為にこうするのだとわかっていた。
けれど今までは、あの唇は自分の為だけのものだった。
それを思うと、心が揺れるのを抑えきれない。
ちらりと、硬直しているミアデに口づけをしたまま、アヴィの視線がルゥナに走ったことに気付かない。
口を離したアヴィと、唇を濡らしたミアデ。
そんなものを見たくなくて、ルゥナは目線を下げていたのだから。
「ぅ……はぁ……な、なに、を……?」
「力をあげたのよ」
アヴィの言葉は相変わらず淡々としている。
なのにその声に少しだけ優しさが混じっているように聞こえてしまうのは、ルゥナの妬みからなのだろうか。
「人間を殺す為の力を。力がないから出来ないと、そう言ったでしょう?」
ルゥナが説明しないからか、アヴィが自ら彼女に説明して、その手に刃を握らせる。
人間どもが使っていた包丁を。
「出来るのなら、やりなさい」
窪んだ地面の中に投げ込まれて呻いている人間どもを見やって、やれと言う。
「……最初は、貴女が恨んでいる人間を選んでもいいわ」
そんな優しさをかける必要まではないとルゥナは思うのだが、アヴィのすることは全て正しい。それが正しい。
「あ、あたしが……」
ミアデの視線が一人の人間を捉えた。
そこでまた震える。何かを思い出したように震える。
「そう」
アヴィはちらりと一瞥すると、ふっと跳躍した。
ミアデが視線を向け、そして怯えるように背けた人間の女。
その人間のところまで、まるで羽でもあるのかのように軽やかに、重さなどないかのように静かにその人間の女の前に着地して、その喉を掴む。
「ぶぁっぐ、げ……ぇ……」
喉を掴み、軽々と持ち上げて、呻く人間どもを踏みながら戻ってきた。
「んばぁっ!? ぼぉ、うぇえ……」
喉を潰してから、どさりとそれを投げ捨てる。
潰れた蛙のような声というのはこういうものか。
太った中年の女だ。
着ている服はそれなりに上等な縫製の衣類なので、裕福な立場だったのだろうとわかる。
「喉を潰したわ。放って置いても死ぬ」
淡々と告げながら、アヴィがミアデの背中に回る。
その背中から、抱きしめるように寄り添って、耳元に囁いた。
「貴女が殺すのなら、貴女の力になる。そうでなければ私が殺すだけよ」
優しく、柔らかく。
少女の恐れを包み込むように、肩を抱いて囁く。
その手に握る包丁が、少女の臍の辺りに上がった。
「出来ないのなら、いいのですよ」
つい、口を挟んでしまった。
必要以上に冷たい声音で、まだ迷うミアデを拒絶するように。
仇敵とはいえ、生き物を殺すことに忌避感を抱く気持ちがわからないわけではない。
無理強いするわけではない。
嫌なら去ればいいのだ。清廊族である以上、人間とは敵対するか従属するかしか道はないのだから。
人間のいない北方の極寒地に逃げ延びることも選択肢の一つ。
「……うぅん」
ミアデの心を定めたのは、ルゥナの言葉だったのか、それとも目の前のものか。
かひゅう、ひゅうと息を漏らしながら、ミアデに手を伸ばそうとする人間の女。
それを見下ろすミアデの手の震えは、既になかった。
ルゥナの言葉に、ミアデは小さく、だがはっきりと首を横に振る。
「やる……出来ます」
「そう、ですか」
アヴィがミアデから離れて、もう一人立ち尽くすセサーカの肩に手を置いた。
刃を振り上げるミアデを見守る。
「……貴女には、難しいかもしれない」
そう言葉をかけられたセサーカは、だが真っ直ぐに、瞬きもせずに、ミアデの背中を見つめていた。
目を逸らさない。
「あんたのせいで……毎日……毎日、毎日毎日毎日毎日毎日っ!」
「は、ひぅ……」
「あたしが何をしたって言うのよ! あんたの旦那に滅茶苦茶にされて、あんたに毎日針で刺されて! 生きててごめんなさいって? あたしだって生きていたくなかった! あんな……あんな家畜よりもひどい毎日で、何が生かしてやってるよ! ふざけるな!」
恨み言をぶつける。
奴隷として生きてきた日々の恨みをぶつける。
言われた女は、涙と鼻汁と涎に塗れた顔で、小刻みに顔を振るだけ。
小便も漏れていた。
ミアデの顔も涙でぐちゃぐちゃだ。
長年の恨みを、その手に持った刃に込めて。
「死ねぇ! 死ね! 死んじゃええ!」
アヴィがその手を止めたのは、ミアデの声が枯れ果てる頃になってからだった。
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