第一幕 02話 終わりの幕開け_2




 焼け落ちる家屋。

 漂う肉の焦げる臭いと死臭。


 泣き叫ぶ声は既に途絶えた。今聞こえるのは死に瀕した者たちが漏らす呻くような怨嗟の音ばかり。


 ずるずると、足を掴んで引き摺ってきた人間を呻き声の中にどさりと放る。

 広く陥没させた地面の下に、200近い数の人間が唸っている。老若男女問わず。

 集めてきたまだ息のある人間ども。この先に待つ道は変わらないが。


 逃げられてしまった者もいる。

 どれだけの力を有していようが、味方の数が少なければ村にいる全ての人間を逃がさず捕えることは難しい。

 広範囲での魔法を使えば全滅させることも可能かもしれないが、それでは目的が果たせない。




「……」


 二人の少女が、アヴィの左右にいる。


(本当なら、そこは私の……)


 アヴィの隣は私の居場所だ。

 ルゥナがそう思っていることを、アヴィはどう思うのだろうか。


 今浮かべている表情と同じで、何も思わないのかもしれない。

 アヴィにとっては、人間を殺すこと以外は何も意味がないようにも思う。


(私のことだって……)



「出来るかしら?」


 震える少女たちの背中に声を掛けるアヴィ。

 少女たちの首には、まだ生々しい傷が残っていた。

 同じような傷跡はルゥナにもある。黒いマフラーに隠れているが、アヴィにもあることを知っている。


 命令を強制させる呪いのかかった奴隷の首輪。白い呪枷が噛んでいた傷痕。

 同じ苦しみを知る少女たち。


 他にもいた同族ではなく、年の近い彼女らを選んだのは、やはり境遇を重ねたからだろうか。

 ルゥナだけが特別だったこれまでと違い、似たような境遇の同族を手元に。



「でも……子供も、います……」

「そうね」


 右の少女、セサーカの言葉に短い返答。


「あ、赤子も……」

「いずれ大きくなる」


 左の少女、ミアデに淡々と言った。

 人間の子供を生かせば、いずれ大きくなる。そして増える。


「放って置いても死ぬかもしれない。でもそれでは殺したことにならない」


 自らの手で殺さなかったというだけ。

 それで満足なのか。


「やらないのなら私がやるだけよ」

「私がやります、アヴィ」

「そう」


 申し出たルゥナにも、返されたのは冷たく聞こえる声音で。


 ちくりと、ルゥナの心に針が刺さる。

 私もその子たちと同じなのですか、と。



「それで……出来るかしら?」


 二人の少女は、同時に唾を飲み込んだ。

 細かく手が震えている。

 これから行われる行為に震えているのか、それとも後ろに立つアヴィに怯えているのか。


(愚かですね)


 勘違いをしているのだ。

 アヴィが少女たちに無理を強いているのだと。


 憎い人間を殺せ。さもなくば――


「あなたたたち、聞きなさい」


 見ていられなくて口を挟んだ。


「……」


 アヴィは何も言わない。

 だからルゥナは続けた。アヴィという彼女らにとっては母や姉に等しい存在に怯える少女たちに、苛立ちを伴って。



「出来ないのなら、やらなくていいのです」

「え……?」

「……でも」


 恐る恐るというった風にアヴィの顔色を伺う二人に、静かに首を振った。


「アヴィは咎めません。他の清廊族と共に北へ逃げればいい」



 勘違いをしている。

 強大な力を持ったアヴィが、人間に対する復讐を彼女らに強制しようとしていると勘違いを。


 断ったら今度は自分たちが殺される、とでも思っているのだろう。

 そうではない。



「機会を与えているだけです。復讐の」

「……」

「出来る者もいる。そうでない者もいる。そんな機会が与えられない者も」


 他にも、既に襲った村で救出した同族は三人いた。

 彼らとて復讐の機会があればそうしたかっただろう。


 力があれば、そうしただろう。

 だがそれは与えられなかった。アヴィが選ばなかった。




 人間に、長く虐げられてきた清廊族。この大陸の先住民であり、古く魔神と共にこの地で自然と共生する道を選んだ者たち。


 旧大陸から侵略してきた人間どもに、清廊族の全てを奪われた。

 土地を、財産を、命と尊厳を奪われ、奴隷として家畜のごとき扱いを受けてきた清廊族。


 その復讐の先駆けとなったのがアヴィだ。


(いえ……ではないかもしれませんが)


 根底にある人間に対する無尽蔵の殺意は、種族がどうとかではなくて、彼女のもっと私的な部分から来ているのだろうけれど。


 どちらにしても、清廊族として類稀な力を持つアヴィが、人間どもに対する反抗作戦の狼煙となりつつあるのは間違いがない。



「貴女達には、機会が与えられただけです」

「……」

「人間どもに……憎い人間どもを殺して、清廊族の未来を取り戻す。貴女の尊厳を取り戻す。その為の機会が」


 アヴィとルゥナの二人だけでも良かったのだけれど。

 ルゥナにとってはそれで良かったけれど。

 やはり二人だけでは、取りこぼす。


 全ての人間を殺すには手が足りない。

 指の隙間から零れ落ちるように、逃してしまうのだ。

 だから、手を増やそうということになった。


 いくらかの候補の中から、アヴィやルゥナと年頃が近い、似た境遇の少女を選んだのは――


(……アヴィは、私だけでは不満なのかもしれません)


 清廊族の男を選ばなかった理由は想像がつく。

 嫌悪感が拭いきれない。


 人間の男どもの奴隷として過ごした時期があるアヴィにも、ルゥナにも。男という生き物に対しての忌避感がある。



 つい先ほども、アヴィとルゥナの襲撃を受けた人間の男どもの目には獣欲の火が灯っていた。

 命知らずに村を襲った美しい清廊族の女二人。それをどうしようかと。


 後悔したことだろう。股間と腹を切り裂いて苦しみながら死ぬように処理したのだから。



 もっと苦しめたい。

 人間どもに、生まれてきたことを後悔させるほどの苦痛と絶望を。


 時間があればそうする。

 その為には、やはり二人ではどうしても手が足りない。


 戦力が必要だ。

 復讐を為す為にも、アヴィの身を守る為にもなる。

 盾となる駒も必要だと。どれだけの力を有していても、生き物には違いないのだから。



「人間の数は多く、その性質は残虐で醜い欲望の為にどんなことでもします」

「……」

「貴女達は、それを身に染みて知っているのではないのですか?」


 二人の少女に問いかける。

 震える二人の少女、セサーカとミアデに。


「人間どもが、貴女に何をしましたか?」


 震えが止まる。

 少女たちの体が強張り、力が入る。


「貴女の家族や友が、どんな目に遭いましたか?」

「……」


「人間がいる限り、同じことが繰り返されます」

「……」


 ルゥナの言葉に、少女たちが唇を噛み締める。

 思い出す。思い出したくない記憶を呼び起こした。


 苦痛と屈辱と絶望と、汚泥に塗れた日々を。

 近しい者がどうされたのか、考える。


「人間がいる限り、清廊族の誰もが同じことを……同じ絶望を味わうことになります」

「同じ……」

「こと、を……」


 少女たちの手が握り締められる。

 強く握りしめ、震える。

 先ほどまでの震えとは違う種類の。



「でも……」


 セサーカが見つめる。アヴィの顔を。

 美しい彫像のようなアヴィを見つめて、まるで神にでも縋るように。


「力が……ない」


 ミアデが、俯きながら涙を零す。

 その通りだ。力がないから踏みにじられてきた。


 人間どもの、一部の暴力的な力を有した者や、圧倒的な数の力の前に蹂躙されてきた。

 そのことも彼女らはよくわかっている。

 アヴィも、ルゥナも、身に染みてわかっている。


 力が必要なのだと。



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