第43話 母さんじゃないけれど_1



 神話にはこう伝わる。



 女神が言った。

「人間に我が恩寵を与えましょう」


 魔神が言った。

「全ての者に恩寵を与えよう」


 そして二柱の神は争った。




 女神の恩寵を受けた人間は、魔物と呼ばれる生き物を殺すことで力を得るようになった。

 殺した魔物の力の一部を得る恩寵を授かった。



 一部の人間は、魔神に付き従うことを選んだ。

 女神の恩寵の薄れた彼らに、魔神はその魂の一部を砕いてより長寿な命と極寒の地でも生きられる体を与えた。


 真白き清廊。魔神とそれに従う人々とが約束を交わした場所。



 魔神は魔物たちにも恩寵を授けた。食らったものの一部を自らの力と出来る恩寵を。

 人間に殺され続ける魔物たちが、少しでも強く生きられるようにと。


 やがて魔神が滅びると、その血溜まりの特に濃い場所から生まれるものがあった。


 昏き血溜まりより這い上がり、あらゆるものを食らう魔物。

 それを濁塑滔だくそとうと呼ぶ。


 

   ※   ※   ※ 



 勇者の一振り。


 そこから何を想像したのか、雷撃だという確信があった。

 全てを薙ぎ払う雷光を纏う一撃。


 そんなものを受けて生きていられるはずがない。

 まともな生き物であれば。



「かあ、さん……?」


 声が聞こえた。


 良かった、無事だ。

 その声に涙が溢れそうになる。

 もう涙を流せるような体ではないけれど。


 体から、流れ出るものが止まらない。




 たとえ気化していても、ゲイルの体の一部なのではないか。

 そうではないかもしれないが、もし一つだけでも奇跡が起こせるのであれば、と。


 今まで何度も切り離したりくっつけたりしていたゲルの体だ。やって出来ないことではないと思って、願った。


 そこに降り注ぐ雷光を、アヴィの小さな体を撃とうとする稲妻を、この身で受け止められたらと。


 広間に爆散した全てのゲル状の物質と繋がりなおして、勇者による必殺の一撃を受け流した。

 避雷針のように。



 それは、このゲル状生物の根幹を貫く、まさに必殺の一撃だったけれど。



(だけど、良かった)


 崩れる。

 クイーンアントの為に作られた広間の足場が崩れた。


 天井と壁は塗り固められているが、地面はそうではない。



 つい先ほどの地割れを起こした一撃。

 数日前の雨による湿気。

 そして、地面に突き刺さった必殺の稲妻により、小さな亀裂の中に溜まっていた水滴が気化した。


 水蒸気爆発。


 隙間に溜まった水が落雷により瞬間的に気化することで、爆発的な力を生み出す自然現象。


 洞窟内の地盤は、雨の影響と勇者らの行動によって既にかなり脆い状態になっていた。

 そこに向けてこの一撃が最後の楔となって、崩落を起こす。



(アヴィ)


 崩れていく洞窟の中で、愛しい少女を抱きしめた。

 力が、入らない。

 けれど決して離さない。


 アヴィだけは、たとえ何を犠牲にしても守るのだと。



(……愛している)


 抱きしめる。

 崩れ、流れ落ちていく中で、囁く。

 言葉にはならないが、囁く。


(愛しているんだ、アヴィ)


 たった一つだけの自分の光。

 この世界の……全ての世界の中で、ただ一つ何よりも大切な少女に。


(母さんじゃ、ないんだけどさ)


 そんな自嘲と共に、愛しい少女と共に、闇の中に飲まれていって――



   ※   ※   ※ 

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