第42話 勇者の剣_3
笑顔。
狂気に酔っている笑顔。
いつものように。
そうだ、思い返してみればいつもこんな笑顔を浮かべていた。この女は。
何も知らない少女のような顔で、何一つ悪意もない素振りで。
純真無垢な笑顔は心の闇から発せられていたものだったのか。
そんなものに触れて、そんなものと肌を重ねていたのかと思えば吐き気がする。
(吐き気が)
頭の中がぐわんぐわんと揺れているのは、先ほどの爆炎魔法の影響だった。
不愉快だが、あのゲル状の魔物に飲み込まれていなければ即死だったかもしれない。
明らかに、シフィークを狙って発動した魔法だ。
彼の近くにいたラザムは相当なダメージを負い、少し距離を置いていたイリアも無事では済まなかった。
幼いが非常に才能に溢れた魔法使いの少女だという触れ込みは偽りではなかったと知る。
思い知る。
(思い知らせてやる)
人を小馬鹿にして笑っている小娘に、思い知らせてやらねばならない。
世間の厳しさを。冒険者の矜持を。
(勇者の力を)
少女の持つ魔術杖が光を放つ。発動準備を終えている。
だから何だというのか。シフィークは勇者だ。
小娘の放つ魔法程度、不意打ちでもなければどうとでもなる。そもそもこの間合いではもう魔法など間に合うものか。
「死ねよ裏切り者がっ!」
「小物のあなたにできますの?」
ふふっと鼻で笑われたことで更に血が上った。
シフィークの剣が振り下ろされた。
マルセナの脳天から、下の地面までを突き抜けて。
「っ!?」
「ハズレ」
幻影。
マルセナの姿をすり抜けたシフィークの剣が、黒い広間の地面に深々と突き刺さった。
「さようなら」
勝ち誇った微笑み。
(そうやって僕を馬鹿にしていたのか……っ!)
終わらない。
「なんっ!?」
魔術杖を突き付けていたマルセナの表情が急変した。
シフィークの持つ剣は、地面に突き刺さった所で終わらなかった。
そのまま洞窟の地盤ごとまとめて切り裂き、大きく地割れを起こす。
「ば、馬鹿力なのっ」
大きく揺れた地面にふらつきながら、さらにバカ呼ばわり。
もはや許しては置けない。いや、もうとっくに許すつもりはなかったのだが。
「マァルセナァ!」
振り抜いた剣を再び掲げた。
真なる勇者シフィークの一振りを、この愚かな女に示す為に。
※ ※ ※
爆炎の魔法を仕掛けた魔法使いと、逆上した剣士が相争うそこに。
(なぜアヴィが!)
考えるまでもない。この機に討とうというのだろう。
その判断自体が間違っているとは言い切れないが、あの二人は危険だ。
ゲイルは他の全てを投げ出して、その場に急ぐ。重い体を引き摺って。
体の半分ほどは先ほどの爆炎で吹き飛んでしまった。
残った体も、いまだ残る炎の熱で煙を上げながら蒸発している。気化している。
どんな体でもいい。アヴィの盾にならなければ。
だが粘液状の体の進む速度は、どんな奇跡を願っても遅いままだった。
地割れが広間を揺らした。
天井や壁と違って、地面は塗り固められていない。
洞窟を破壊しながら進んだ時のように、地面を切り裂いたというのか。とんでもない力だ。
(どんな馬鹿力なんだよ!)
毒づいても仕方がない。
足場が揺れたことで、アヴィも魔法使いの女も態勢を崩しているが、ゲイルには関係ない。
地形に影響されない僅かなアドバンテージ。
ただそれでも、その決着の時に間に合うほどの時間はなかった。
(光って……?)
剣士の剣が光を帯びた。
一度は地面を切り裂き、再び高く掲げられたその剣が、光を放つ。
まるで――
(
その光景に浮かぶ言葉は、ゲイルの知るところではないが当人の呼称と合致していて。
光を放つ剣を、勇者が振り下ろすのだとしたら。
(ダメだ)
袈裟懸けに、斜めに振り下ろされる剣。
それ自体は届かない。その刃が誰かに届く間合いではない。
その延長上に、魔法使いの女がいる。
そしてその斜め後ろに、アヴィがいた。
(ダメだ、アヴィ! それは……っ!)
それは。
その勇者の一振りは、ゲイルの思う通りだとするならば。
――ッッッ‼
思っていたより狭い広間の隅々まで、轟く。
そこにある全てを薙ぎ払う力を伴い出現した激烈な稲妻が、その空間を破裂させた。
※ ※ ※
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