第35話 勇者一行 VS ゲル状生物_3
消化できなかったのには理由がある。
若い女だったから、ゲルの体がアヴィと誤認するような反応をしてしまい、即座に攻撃出来なかった。
その一瞬後に凄まじい力で振るわれた剣。見かけによらずかなりの筋力だと感心する。
他の連中はともかく、この若い男だけは危険だ。
別格。
今しがたゲイル諸共に斬り捨てようとした女に、何事もなかったかのように労わりの言葉をかけていた。
冒険者というのはドライなものなのだなぁと、そんなことも思う。
どちらかといえば湿り気の多いゲイルとは相容れないのも仕方がない。
「マルセナ」
ゲイルへの警戒は解かないまま、魔法使いの少女に向けて、
「洞窟内で火炎系統の魔法は使わないでくれ」
ガス溜りや酸欠を気にしてか、そんな注意をする。
どういう意図であれゲイルには有難い。
(一番苦手だからな。火の魔法は)
このゲルの体にとって大きな弱点である火の魔法を使わない。
(ってことは)
他の攻撃手段がある、ということだ。
直接的な物理攻撃があまり効果がないことはわかった上で、魔法使いの手数を減らすとは。
神洙草のようなアイテムを他にも持っているのかもしれない。
「僕が倒す」
この男が。
「他にもいるかもしれないから周囲を警戒してくれ」
そう言われた彼らが見回したのは、天井だ。
最初にゲイルが張り付いていたのが天井だったから、他にいる可能性を聞いて最初に上を見上げたのは自然なことだろう。
(他、か)
ゲイルはこの洞窟内で自分の同族を見たことがない。
言われてみて初めて、そういえばとゲイルも思わず上を気にしてしまったほどだ。
そんなゲイルの気持ちを知ってか知らずか、若い男が剣を構えた。
(……
有効ではないと思ったのではないかと訝しんだ時だった。
「真白き清廊より、来たれ絶禍の凍嵐」
上を見上げた彼らの仲間や、奴隷の清廊族。
ゲイルに相対する若い男。
その隙をついた形で、洞窟の深部から極寒の吹雪が集中して彼らに襲い掛かる。
「あっ」
声を上げたのは清廊族の少女だ。聞こえた声の方を見たのか、その言葉の内容に反応したのかはわからない。
ゲイルから気が逸れた若い男に、体内にあったナイフを打ち出す。
「ちっ」
構えた剣でナイフを弾かれたが、彼自身もそのせいでまともに吹雪を横面に受けていた。
「きゃあぁっ!」
「むぅっ」
他のメンバーも、暴風と共に打ち付けられる氷雪に咄嗟に顔を覆っていた、
這っていた女は体を丸めて耐えようとしているが、先ほどゲイルに飲み込まれたせいでその表面に残った粘液が急速に凍り付く。
(アヴィ!)
だが、ゲイルは決してアヴィを褒める気持ちにならない。
なぜ残っていたのか、もっと下の安全な場所に隠れてくれていたら。
自分だけなら、その辺りの崖から落下して離脱することもできるのに。
「堅牢なる断崖の守護を!」
大男が叫ぶと、彼らの正面に見えない壁が現れて吹雪を遮った。
(やっぱり防御の魔法もあるのか)
氷のついた左頬から目を拭う若い男。
大男と魔法使いの少女も、吹雪が遮られたことで顔周りについた氷雪を拭い去る。
(ええい!)
先ほどの女が落として体内に残っていた短剣を、まとめて大男に向けて打ち出した。
体内に残っているのはあとは水くらいのものだ。
「ぐぅっ!」
一方だけでも打ち払ったことを賞賛すべきか。
挟み撃ちになった結果、注意の逸れた大男の腿に短剣が突き刺さる。
魔法を使ったことで何か注意力が落ちていたのかもしれない。
「ラザム!」
魔法使いの少女が叫ぶが、本来なら今彼女がしなければいけないのは新しく現れた敵であるアヴィへの対処が優先。なぜそうしないのか。
そんな彼女のことをわかっていたように、若い男が動いた。
一飛びで、氷雪魔法を仕掛けたアヴィの頭上に襲い掛かった。
「――影陋…?」
剣を振り下ろす瞬間に、わずかに戸惑うような声を上げて。
――ギィン!
アヴィの魔法の武器が、その剣を弾く。あれも金属で出来ていたし、アヴィは剣士としても非凡な才がある。
見えている攻撃であれば当然対応できるが。
(いや、その男は異常だ!)
叫びたいが声は出ない。
「誰だか知らないが!」
弾かれながら着地した男は、その動きを止めずに横に回転して剣を振るった。
アヴィの首を切り落とそうと。
(だめだアヴィ!)
躱せない。
あまりに滑らかな動きで、弾いた後の体勢のアヴィがついていけていなかった。
その首に、首に巻かれた黒いマフラーに、男の剣が食い込んだ。
「くぁっ!?」
「なにっ!?」
横薙ぎに首を切った一閃。着地した位置と、そこから回転して斬り払ったことが幸いだった。
アヴィの首に叩きつけられた剣は、そのマフラーを切り裂くことなく、ただ勢いでアヴィをボールのように弾き飛ばした。
ゲイルの方に。
(アヴィ!)
受け止める。
ゲルの体をいっぱいに伸ばして、飛ばされてきた小さな体を受け止めた。
(ぬぅぅっ!)
選択している余裕はなかった。
掴まえたアヴィの勢いに任せて、地面から足を――体を離す。
(頼む、俺の体!)
断崖の上に自分の体を投げ出す。アヴィを抱えたまま。
身を堅くして、中は柔らかいままで、アヴィと共に落下した。
(アヴィ!)
ゲルに包まれたアヴィは意識がなかった。
※ ※ ※
「逃げ、られた?」
シフィークは色々と信じられないものを見て、自分の声が驚愕に震えるのを抑えきれなかった。
逃げられたことが驚きなのではない。
(なんで……何がどうなって……)
影陋族の女を、あの魔物が庇った。
そもそも影陋族の女があの魔物を援護した。
シフィークが、確かに戸惑いながらだったけれど、切ろうとして切れなかった。ただの布が。
そしてあの影陋族の女は、微かに見覚えがあるような気がする。
一瞬だが、美しく見えてしまった。薄暗い松明の灯りに照らされた影陋族の顔を、どこかで見た美しい顔だと思い、それを入手しようかという気持ちで首を刎ねようと思ったのだが、切れなかった。
見覚えがあるというのなら、この落としていった魔術杖も。
誰が使っていたものだったろうか。
おかしいことが多すぎて混乱しながら、心を鎮めようとゆっくり歩いて魔物と影陋族が落ちていった崖を覗いてみた。
「おい」
「は、い……」
残っている奴隷の影陋族を呼びつけ、崖の下の様子を確認させる。
「何か見えるか?」
崖が怖いのだろう、手をついて崖の下を覗き込んだが、弱々しく首を振った。
「深すぎて……見えません」
「そうか」
責めても仕方がない。シフィークは近くに落ちていた小石を拾って下へ放ってみたが、中々音が帰ってこない。
嘘をついているわけではなく、本当にかなり深いのだろう。
「嘘をつけるはずはないか」
奴隷として呪枷を施している。主人の命令には絶対服従だし、他の人間にも逆らうことはない。
今ほども、これが言いつけを守った結果、マルセナの命が助かった。場合によってはシフィークさえ危うかったかもしれない。
洞窟内は暗い。何か見つけたら教えろ、と。命じておいてよかった。
「……さっきは、よく見つけたな」
ふと、礼のようにも取れる言葉を発してしまう。
「え……あ、はい」
戸惑う奴隷の姿にどうにも落ち着かない気分になって背を向ける。
「この後も周りを見て、何かあれば教えろ」
そう言いつけて、治療をしているラザムたちの所に行った。
「わたし、が……」
影陋族が何か言っていたが、シフィークには関係なさそうなことなのでそれ以上は気にしなかった。
労われたことを感謝するでもなく、命が助かったことを喜ぶでもない奴隷のことなど知ったことではない。
※ ※ ※
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