第34話 勇者一行 VS ゲル状生物_2



 正直、防がれるとは思わなかったが、結果的に助かったのならそれでもいい。


 あの不定形な異常個体のブラックウーズなら、普通に切っても倒せたとは思えない。

 とりあえず切れるタイミングだからそうするかと思ったのだが、それが結果としてイリアの命を救った。


 感謝の言葉がなかったのは、一瞬でもあれに飲み込まれたことでショックが大きかったのだろう。



「下がっていろ」


 短剣も、這いつくばって逃げてきた間に落としている。

 戦力に数えられない以上は邪魔にならないように下がらせた。


 やはり、腰が抜けた様子でおたおたと、まるでブラックウーズが這うようにシフィークの後方に逃げていくイリア。

 その動作も、服にへばりついた粘液も、実に無様で滑稽だ。



(モンスター退治のついでに始末してもいいかと思ったが、生きて役に立つなら別にいい)


 汚らしい恰好の女を下がらせ、再び敵と相対する。


「これが濁塑滔だくそとうなのか」


 ブラックウーズではない。見た目は大きさ以外は似ているが、明らかに違う。


 神話に謡われる魔物。

 魔神の血から生まれし、暗い深淵を這う悍ましいモンスター。


 斬撃、打撃などの攻撃は一切効かず、核となる部位がない。

 神話では、劫火に焼かれて何も残さず消えるまで、あらゆる物を飲み込んだと言われていた。



「マルセナ」


「は、はいっ!」


「洞窟内で火炎系統の魔法は使わないでくれ」


 止める。


 彼女の魔法はだ。

 ついうっかり殺してしまわれたら困る。


(僕が困る)


 素直に頷く少女をちらりと見て微笑みかけた。

 理由を聞かないのは、僕の言うことだからだろう。やはり女は素直な方がいい。


 あまりわかったような態度を取られるのは、確かにこちらの意図を色々と酌んでくれる部分もあるにせよ、度が過ぎれば鼻につく。

 汚らしい魔物に飲み込まれたような女なら、死ぬことで僕の役に立ってもらってもいいかと思ったのだが。



「ラザム、足は?」


「問題ない」


 この男は弁えている。

 自分の実力と、僕が求める役割とを自覚して実行するだけ。

 勇者である僕に必要な情報をもたらすように動き、それ以上のことはしない。


 魔物を倒すのは勇者の役割だ。それを理解している。

 もちろん彼が止めを刺すこともあるが、こうした未知の敵であれば僕が最後を持っていけるように。


(勇者である僕の役に立つのが、仲間の正しい在り方だからな)


 シフィークは自分のパーティに名前をつけていない。名前なら勇者シフィークだけで十分だと思っている。


 他の者は代替えが利く道具で、見た目がいい女ならそれが価値だと。

 腕が立つのも悪くはないけれど、本当に求めている資質ではなかった。



「さて、どうするか」


 うぞうぞと配置を変えながらこちらの出方を窺うように観察している魔物をどうするか。

 見ていた限り、確かに異常で厄介な魔物だが、動きが遅くシフィークが対応できないような攻撃手段はなさそうだ。


 少し想定外の動きをするので慎重になってみたが、そこまで恐れる必要はないように思う。

 普通の冒険者であれば手が付けられないかもしれないが。


「僕が倒す。他にもいるかもしれないから周囲を警戒してくれ」


「わかりました」


 イリアの背中を擦りながらマルセナが答え、無言でラザムが頷いた。


 剣ではあまり効果がない。打撃も同様。

 なら、勇者と呼ばれるシフィークの力を使うしか――



「真白き清廊より、来たれ絶禍の凍嵐」


 静かな声が響いたのはその瞬間だった。



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