第33話 勇者一行 VS ゲル状生物_1
大きい。
事前の情報があったから、それが噂に聞く巨大ブラックウーズだとわかったが、何も知らなかったら認識できなかっただろう。
普通のブラックウーズの十倍以上の体積を持つ異常個体。
奴隷の声がなければ落ちてくるまで気付かなかった。先手を取られれば手痛い攻撃を食らっていたことは間違いない。
シフィークの判断が正しかったことを認める。イリアの好き嫌いで置いてきていたら死んでいたのは自分だったかもしれない。
(マルセナだったか)
攻撃を受ける前に察知したシフィークの次の行動は早かった。
流れるような動作でマルセナとモンスターの間に入って、猛烈な衝撃を伴って拳を振るった。
魔法のような力を、単純な身体能力で発現させる。
シフィークの拳の衝撃波で少し吹っ飛んだそのモンスターが、間髪入れずに石礫を打ち出してきた。
(まさか!)
そんな攻撃手段を使うブラックウーズなど聞いたことがない。大きさだけでなく行動も異常だ。
「つぅっ!」
咄嗟に身を躱したが、石礫の一つが腕を掠めた。
(この……汚らしい魔物が!)
痛みに怯むどころか頭に血が上ったイリアだったが、彼女より先に動き出したラザムが蹴りを放つ。
ブラックウーズは体の中心あたりに核となる部位を有している。核を失った他の部分はまともに動かないはずだと。
「核がない」
そんなはずはないのだが、少なくとも蹴りぬいた中にはなかったようだ。
通常なら、ブラックウーズの体の粘度で蹴りぬくようなことは出来ないのだが、ラザムも一流の冒険者。
咄嗟の判断に迷いも間違いもなかったと思うが、相手が異常だった。
「ラザム!」
マルセナの声が煩わしい。ちょっと服を溶かされたくらいで喚くな。
そう思ったが、ラザムが少し足を庇うように態勢を崩したので、服だけでなく体にも多少の影響があったのかもしれない。
(こいつ異常だ!)
躊躇っている暇はなかった。
イリアの手持ちの武器は短剣で、それではあまりこの生き物に有効打とは思えない。
すぐに手に出来る道具の中に、この山で拾った神洙草があった。
万病に効果があるというのと同時に、魔神から生み出された魔物にも高い効果を発揮すると言われている。
(あのバカ娘には頼れないし)
本来なら魔法使いであるマルセナの攻撃が最も有効なのだが、緊急時の対応に信頼性がないのと、心情的に頼りたくないこととがあった。
少し勿体ないが、この神洙草を使った方がマシだ。むしろここで使うべきだと。
「これでも食べれば!」
考えている時間はほとんどなかった。
少し体勢を低く後ずさりするラザムを飛び越えて、神洙草を投げつけてやる。
「うそっ!」
信じられなかった。
投げつけたと同時に、ブラックウーズから唾のようなものが吐き出され、しゅうっと音を立てながら神洙草を弾き飛ばす。
(なんで知って――)
危険なものだと知っていて、投げる動作の直後に迎撃された。
まるで事前に読んでいたようだ。イリアの行動を。
(どれだけ異常なの!?)
息を飲んだ。
熟練した戦士のような攻防を見せる知性がないはずのブラックウーズの行動に、着地するまでの間に頭が真っ白になっていた。
何も考えられていない。
次の行動をどうするのか、イリアほどの冒険者なら攻撃を防がれたところで即座に次の行動に移っているはずなのに。
信じられないという思いが思考を停止させ、目の前に広がる暗いゲル状の壁が迫ってくる光景に息を飲んだ。
(しまった!)
飲み込まれる。
先ほどラザムは蹴りぬいただけで服が消化され、足に痛みを感じていた。
そんなものに飲み込まれたら無事では済まない。
既に遅いとはわかっていたが、振り向いて逃げようとする。
(たすけ――)
助けを求めた。長年の仲間であり、信頼する勇者でもあるシフィークに。
彼の為に裏でどれだけイリアが尽くしてきたか。シフィークの影を支えてきたのは自分なのだ。
(――っ‼)
手は、伸ばさなかった。
伸ばさずに、一流の冒険者として長く自分と共にある二本の短剣を抜く。すらりと、自分でも驚くほどの素早い動きで。
顔の前に構えながら、ぬめる粘液に飲み込まれて倒れつつも、強くその柄を握り締めた。
――ギゲァンッ!
凄まじい衝撃が両腕に、肩に響く。
粘液の塊に飲み込まれ、体が固定されていなかったのが幸いだった。勢いのまま後ろに飛ばされ、地面に転がった。
(っ! ……地面?)
ゲルの中ではない。洞窟のごつごつとした地面だ。
状況に混乱しながら、慌てて這ってその場を離れる。
無様な動きだと自分でも思うが、衝撃で体がまともに言うことを聞かない。
「だ、大丈夫ですか? イリア!」
ショックを受けたのは今の攻撃のことではない。
駆け寄って声をかけてくるマルセナに応じることが出来ない。
切り捨てられた。
イリアが飲み込まれる瞬間、シフィークの剣を構える姿が見えた。
いつも通り、魔物に止めを刺す時のように、軽く剣を斜めに構えてからの踏み込み、そして振り抜く姿。
長く彼の戦いを見てきたから、その動作が先に見えたのだ。
「無事かい、イリア?」
何でもないように声をかけられるのはなぜなのか。
あなたがいま切り捨てようと、斬り捨てようとしたのは……
「あ……」
シフィークの目を見る。
そこには、本当に何一つ悪気がないような澄んだ色が浮かんでいて。
(……なんて、異常な)
他者のことなど食事や何かとしか思っていないモンスターと、まるで変わらない顔が見えた。
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