第23話 蟻の王_3



 熱風に晒されたものの、その温度はそこまで高温ではなかった。

 衝撃での傷や所々の火傷を癒しながらアヴィに休息させる。


 カイザーアントはもう動かない。無我夢中のゲイルの攻撃で息絶えていた。

 戦いに敗れた王の亡骸を食らう。


 小さくなってしまったゲイルの体だが、カイザーアントの死骸を消化、吸収するとある程度まで回復する。どうやらこのゲルの体は、過去に成長したところまでは増加しやすくなっているらしい。伸びたパンツのゴムとでもいうのか。



 食事しつつアヴィの体の傷を隅々まで治そうとするゲイルに、もどかしそうに身を捩って逃げる。

 へその辺りの擦過傷を癒していたので、くすぐったかったのだろう。



「もう大丈夫だってば」


 そうは言われても心配なのだ。


 ゲル状の体と違ってアヴィの体は傷つくし、部位によっては重要な場所もある。

 せめて見える部分の傷だけは万全にしておきたいと思う親心だと。


(……もうすっかり親だな)


「心配しすぎだよ、母さん」


 心中で嘆息するゲイルと、呆れながらも嬉しそうに笑うアヴィ。


 カイザーアントの残骸を処理しているうちに、今ほどの死闘を忘れていつも通りの様子で笑う。



 死にそうだった。ゲイルもアヴィも。


 未知の敵との戦闘で死にかけた。どの手が良くて、どの手が悪かったのか。全て悪手だったと。そもそも安易に踏み込むべきではなかった。


 生きているのは運が良かったのと、強引な力技で生き延びただけ。


(力技、か)


 そうするだけの力は、身についていたということになる。


 やはりゲイルは弱くはない。アヴィにしても、この洞窟内では弱い存在ではない。

 今のカイザーアントのような敵が複数いたら、その時は逃げの一手だが。



 女王アリの居室内に、もうカイザーアントの気配はなかった。

 岩陰から出てきたメラニアントを処理するのは容易い。時折、地面をのたうつような幼虫もいたが、これも問題にならない。


 敵を片付けながら奥に向かう。




「これが……」


 巨大な腹を抱えたクイーンアント。

 むしろ腹からちょっとだけ胸部と頭が出ているというそんな風にも見える。



 メラニアントは黒い体をしている。カイザーアントは赤かった。それに対してクイーンアントは緑色の塊だとアヴィが言った。


 産む卵も緑色の楕円形をしていて、ぬめりと共に排出されていく。

 本来なら排出された卵をしかるべき場所に運ぶ働きアリがいるのだろうが、既にゲイルたちが片付けてしまっていた。


 ただ地面に転がる卵と、歯を鳴らしながらゲイルたちを見据えるクイーンアント。



「……」


 言葉はない。

 ゲイルよりも高い場所から、ゲイルとアヴィを見下ろして、何の感情も示さずに蠢いている。

 何も出来ないようだ。巨体すぎて身動きが取れない。


 そんな女王アリの姿を見て、ゲイルは思う。


(このまま生かして、産まれてくる子供を殺し続けたら)


 力を増すことと、食料の確保が楽に両立できるのではないか。


 そんな考えが浮かんでしまったゲイルを、アヴィがどうしようかと見上げていた。


 赤い瞳が訊ねてくる。

 その姿はゲイルには視認できないが、そういう仕種をしているのはわかった。



(……違うな、そういうのは)


 子を産ませて殺し続けるなんて、いくら外道に落ちた身でも一線を越えている。

 生き物としてすべきことではない。


(……)


 違う、そういう御託ではなくなくて。

 ただ単に、アヴィにそんな姿を見せたくないだけだ。


 ゲイルだけだったらそれを選んでいたかもしれない。いや、大して迷いもせずにそれが効率的だと実行していただろう。

 底辺を這いずり泥を啜って生きるモンスターだ。下衆な行いだと誰が謗るとしても気にする体面などない。


 そんなゲイルを見るアヴィの目は、どんな色を浮かべるのだろうか。

 濁って、くすんで、冷たいものになってしまうのではないか。


 アヴィの目がなければそうしていただろう。心の芯まで外道な魔物に堕ちていた。

 だからこれでいい。



 アヴィの手に魔法の武器を持たせる。


「……うん、わかった」


 賢い子だ。やるべきことを理解して、武器を構えた。


 冷たい息吹が女王アリを包む。

 カイザーアントと違って抵抗する術がない。巨大な体をゆっくりと凍らせながら、その命の火を消していった。



(アヴィがいてくれてよかった)


 死にゆく女王アリを見届けて、ゲイルはそっと頭を下げた。下げる頭はなかったから体を小さくした。

 アリたちの母の最期を見送る、アヴィの母の心境で。


(母親じゃないけどな)



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