第21話 蟻の王_1
有利な状況を活かさない理由はない。
安全に物事を進める為の労力を惜しむのは愚か者未満だ。
アリの巣穴内部は、所々に広い空間があるにしても、通路は狭い。
入り口からアヴィの最大出力氷雪魔法を使い、凍気で内部を攻撃するという安全策。
疲れたアヴィを休ませて、再度、再度。
繰り返してみて、魔力というような力ではなく体力を消耗するようだとわかった。
三度目の遠隔攻撃の後に、アヴィを休息させてから中に踏み込む。
内部が寒いので、アヴィはゲイルの中に。靴がないので素足で歩く彼女にとって、冷たい床は苦痛になる。
いざ戦闘となれば飛び出すが、無用に体力を消耗することもない。アヴィ自身もゲイルの粘液に包まれている方が嬉しいらしいので問題ない。
いくつかある部屋の中に、ハチの巣のような構造物が並ぶ部屋があった。
凍りかけて既に機能していないようだったが。
(……)
ゲイルはその中の一つにまだ動く反応を見つけて、這い寄って狭い入り口に触腕を突き刺す。
小さな箱のような部屋に収められているのは、アリの幼虫なのだろう。
いずれ敵になるもの。
ゲイルの触腕に飲み込まれたその巨大な灰色の芋虫のような生き物が、呼吸が出来ない為か身を捩る。
ぶちゅっと潰した。
そのまま吸収する。アリの甲殻は硬いのに、幼虫はひどく柔らかかった。
周囲には、世話係だったのだろうメラニアントの死骸もある。
ほとんどが凍死していたが、まだ息があって音を鳴らしているものはゲイルが這い寄るついでに体節を切って殺して進む。
ローラー作戦というのはこういうものだろうか。違う気もするが。
奥の、まだ何かの息遣いがする方へと移動していった。
通路自体が広くなってきて雰囲気が変わっていく。ただ穴を掘っただけではなく、周辺の壁を塗り固めたような質感に。
ここまで奥に来ると冷気が届いていない。
活動しているメラニアントもいたので、それらはアヴィと協力して処理する。
もっと多くの数を想定していたので、少し拍子抜けしてしまうのだが。
そのまま進み、おそらく最深部と思われる空間にそれはいた。
「……」
アヴィが息を飲む。
声を発さないのは相手に気配を悟られないようにというつもりかもしれないが、無駄だろう。
モンスターの感覚は人間やそれらよりかなり鋭敏に出来ている。自分の領域に踏み込んだ異物のことなど、容易に察知しているはず。
天井はそれほど高くはない。とはいえ、ゲイルの三倍以上だが。
横が広い。奥行きも。
所々に柱のように残っている岩壁もあるが、それも何か塗り固められたような質感になっていた。
ゲイルに視覚があれば、表面にニスを塗ったような光沢を感じていただろう。
だだっ広い空間の所々に柱のように残るそれらは、まるでここが巨大な神殿であるかのような体裁を整えていた。
(いや、実際に神殿的なものかもしれない)
アリの女王が奥に鎮座し、新しい世代を産む場所として。
だだっ広い部屋の奥から息遣いが聞こえる。
暗がりでもある程度見えるアヴィの目でも見えないくらいの奥に、呼吸音の根源があった。
呼吸音なのか、産卵管から漏れる空気の音なのか。
(……でかいな)
ぼとぬ、とやや粘着質な音が響いた。
その巨体の端――おそらく尻の方から、何かが地面に落ちた音だ。
排泄物でなければ卵ということになる。
(うん、ウンコだったら嫌だな)
この状況でそれだったら、ゲルでもげんなりする。
何にしろ、それが女王アリということで間違いない。
ゲイルは触腕でアヴィの肩を抱き、少し落ち着くように促した。
緊張するのは仕方がないが、硬くなりすぎてもいけない。とりあえずあの女王は巨体すぎて満足な動きはでき――
「っ!」
抱いていて良かった。
鈍いゲイルの動きでも、アヴィを飲み込むことが出来た。
突如発生した異臭のする空気から、アヴィを体内に取り込んで守る。
「ぶばっ!?」
何かを喋ろうとするアヴィの口から空気が漏れるが、それをゲイルの粘液で包みつつ押し返す。
アヴィの口に注ぐ。
周囲に発生した異臭の原因がわからない以上、アヴィに吸わせるわけにはいかない。
「ん、むぅ…」
人口呼吸(?)しながらも、ゲイルの足元はうぞうぞと動いて部屋から出ようと這いずる。
そのゲイルの背中を、強烈な衝撃が襲った。
(くっそ!)
ゲイルの体は柔らかい。その衝撃は貫通して中のアヴィに届いてしまうのだ。
「っくぅ!?」
だがアヴィも今では立派な戦士だった。ゲイルの中から外の様子を見て、咄嗟に剣を構えてその衝撃を受け止めていた。
衝撃で押される体内のアヴィごと、ゲイルは部屋の入口から外へ吹き飛ばされる。
広めの通路。
「母さん、大丈夫!?」
吹き飛ばされたおかげで異臭の範囲からは脱出していた。
ゲイルから転がり出たアヴィが、すぐさま立ち上がりゲイルに駆け寄る。ゲイルのゲルがクッションになった為、彼女に目立った傷はない。
吹き飛ばされたせいでいくらかゲイルの体組織が飛び散ってしまったが、それはいつものこと。
ゲイルの意識的には背中からの攻撃だったが、別に背中もお腹もない体なので、攻撃してきた存在はわかった。
天井からぶら下がっていた大きな何者か。
「あれは……」
女王の部屋から弾き出したゲイルたちを追って姿を現す。
ゲイルよりも少し大きい。普通のアリの二倍以上の巨体。六本の足、そして二対四本の腕がある。
ソルジャーアントでも手は二本だった。この巨大な敵は四本だ。
そして何より背中にも幅広で少し長いものがあるようだ。
(女王がいるなら、そういうことか)
「赤い……」
色はゲイルにはわからないが、アヴィがそういうのならそうなのだろう。
赤い巨体に、四本の腕と羽を備えたアリたちの王。
カイザーアント。
(母さんならぬ父さんってわけか)
女王を守る最強のアリとして満を持した登場だった。
※ ※ ※
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます