第20話 穴蔵の覇権_2
やることはどちらにしろ地道なこと。
何しろ底辺を這いずることにはその道のプロとも言えるゲイルだ。地道な手段には慣れている。
今まではあまり気にしていなかったメラニアントの行動の規則性を追ってみるというだけなのだが。
どの辺りから出てきて、どちらの方向に向かうのか。
獲物を取ったらどこへ向かうのか、と。
想像する女王アリの姿から考えれば、巣の奥で食っちゃ寝状態なのだろうと思われる。
食っちゃ寝についてはゲイルもあまり人のことは言えない。最近はアヴィが狩った獲物を食べさせてもらったりもしているので。
だが、女王アリともなれば食っちゃ寝に関しては本当にプロフェッショナルと言える。
働きアリが運んでくる餌を食い、卵を産む。そういう存在のはず。
場所を突き止めてそこまでいけば、それを殺すこと自体は難しくないのではないだろうかと考えた。
最大の問題は、そこまでいけばという点。
無数にいるメラニアントの文字通り巣窟なのだ。その数の暴力は想像する十倍くらいを想定しておいた方がいい。
囲まれてもゲイルだけならどこからか逃げ延びることもできるだろうが、アヴィをどうするか。連れて行くべきではないのではないか。
(……残しておくなんて無理だ)
いくらアヴィが強くなってきているとはいえ、洞窟はやはりモンスターの世界。
一人で置いていったら生き残る確率がどの程度なのか。半々かもしれないが、半分も死ぬかもしれないという話なのだとしたら論外だ。
既にゲイルにとってアヴィの存在はとても大きい。
彼女があって、自分が自分でいられる。それを失ったらゲイルはただの魔物に成り下がってしまうだろう。
いなかった時には思いもしなかったことだが、今は素直にそう思う。
慣れてしまった。
この温かさに慣れてしまった。あって当たり前だと、アヴィがいない生活など考えられない。
それが彼女の為になるのかと問う自分もいるが、なら洞窟から出たら幸せになれるわけでもないのだと反論する。
(救えねえな)
自分のことばかりだ。アヴィが依存してくるのをいいことに、それを理由に捕えているだけ。
やっていることの本質は彼女を奴隷にしていた連中と変わらない。都合よく利用している。
アヴィが泣いていないからそれでいい。ゲイルの人格が腐っていたとしても、それでアヴィが泣かないのならそれでいいのではないか。
あまり考えすぎると深みに嵌まってしまう。もともとそれほど頭は良くないのだから、今は目の前のことだけに集中する。
アリたちが主に出入りしている穴はわかってきた。
複数あるが、空気の抜ける音からすると奥で繋がっているようだ。
近付くに連れて、普通のメラニアントだけではなくソルジャーアントがちらほらといるのがわかる。
足音が少し重い。
また、剣のような手で壁を叩く音も特徴があり、識別できるようになっていた。
次にやることは、アリの数を減らすこと。
今まで以上に積極的に、メラニアントの群れを襲う。
アリが生まれるスピードとゲイルたちが処分するスピードのどちらが早いのか。
(オオアリクイって一日に何万匹もアリを食うんだったっけ。そのペースで産まれてたらとても間に合わないけどな)
実際にはオオアリクイも一つの巣で大量に食べるわけではないのだが、ゲイルにそんな知識はなかった。
それに、地球を徘徊するアリとは大きさが違う。
前からアリの数を減らしていたのだから考えなくても気付きそうなものだったが。集中してメラニアントを狩ることで、明らかにその生息数は減っていった。
※ ※ ※
「てぁっ!」
アヴィの剣技もより鋭くなっている。
数百以上のアリを狩り続けたことでさらに力が増しているようで、剣技と相まって危なげなく戦えていた。
ソルジャーアントの両手が、アヴィの剣閃で切り飛ばされて、計算通りなのかわからないがゲイルの頭に突き刺さる。
母さん食事よ、というわけか。
「あっ、母さん大丈夫?」
計算ではなかったらしい。
母さんは大丈夫だから目の前の敵に集中しなさいと。
(いや、だから母さんじゃねぇって)
もうすっかり気分が母さんになっていたが。
別に何かが頭に突き刺さったところで、よほど加熱されたりしていない限り問題ない。
頭というのも別にただ単にゲル状の塊の上の方というだけで、そこに脳があったりするわけでもない。脳などないのだし。
ソルジャーアント二体を片付けたアヴィがゲイルに駆け寄ってくる。
頭に刺さった二本の角のようなソルジャーアントの手を、揺らしながら体内に取り込んで見せた。
「二本まとめて切ろうと思ったらそっちに飛んじゃって……けどちょっとおかしかった」
気にしなくていいんだよと言いたい気持ちが伝わったのか、安心したように笑い声を上げる。
アリたちの死骸の中で、体を震わせるゲル状生物と女の子。
周囲の状況は殺伐としているが、雰囲気は穏やかだ。
邪魔者を片付けて、お互いに怪我もない。
ゲイルは、アヴィの口元に手を差し出す。
「うん。ありがとう」
ゲイルから差し出された水を口にするアヴィ。気持ち悪くないかと最初は心配だったが、今ではすっかり慣れている。
洞窟内に流れる生水には不純物や寄生虫もいる。ゲイルの体内でそれを濾過して与えるようにしていた。
アヴィの体は水分を必要とするが、非衛生的な水では逆に体調を壊してしまうだろうと。
水場から離れてもゲイルが体内に貯蔵しておけばいいので、そういう点でも都合が良かった。
洞窟内をうろつくメラニアントの仲間は、その大半を片付けた。
それだけではない。
既に三か月近く、出てくるアリを潰し続けている。
巣の中のアリの数も相当減らしたはずだ。
(それに、女王も消耗しているはず)
食料の供給を断ったのだ。中にどれほど備蓄があるのか知らないが、大きさが人間並みのアリを生み育てるための食料となれば必要な量はかなりになる。
不十分な食料で新しい幼虫が育てられなかったり、女王も出産のエネルギーに対して食事が不十分となれば弱るだろう。
機は熟した、のか。
巣の中はどうも複雑な構造になっているようで、ゲイルの感覚でも外からでは全容が掴めない。
少なくとも数十の生き物が活動している音はするが、狭い空間で響くせいで聞こえにくい。
ここずっとアリを狩り続けた上で巣穴に来た。アヴィも理解している。
「じゃあ行こう、母さん」
万全ということはない。
予想外のことや危険と判断したら即撤退。再び長期戦でもいい。
いつでも退く気構えで、ゲイルとアヴィはアリとの最終決戦に臨む。
※ ※ ※
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