第17話 食うか、食われるか_2



(……もちろん、そうはさせないんだが)


 炭化したのは背中側の表面だけだった。


 他の部分は、それと似たような硬さにまで固めただけ。

 完全に焼け焦げていたなら、庇っていたアヴィが無事でいるはずがないだろうに。


 所詮はモンスターということか。自分の火力が勝ったことを疑わずに飲み込んでくれた。



(日ノ本ではな、豆粒になった鬼を食べるって童話が……あれ、違った。なんだっけ?)


 何でもいい。

 ここなら、もう振り払われることもない。


 だが急がなければならない。一刻も早くこれを処理しないと、アヴィは食われても平気というわけではないのだから。

 嚥下されるという経験は初めてだったが、その喉に向けて体内に残っていた短剣を突き立てる。



「!!」


 世界が震えた。

 そのまま食道なのか気道なのかわからないが、とにかく周囲を刻みつつ全身で傷口を味わう。噛み締める。


「!!」


 上下が入れ替わった。激しく入れ替わるが、ゲイルには関係がない。

 とにかく食らいついた辺りを消化することとついでに短剣を突き立てることに専念する。


 短剣を引っ込めて、突き刺して、抉る。また引っ込めて同じことを続けた。

 表皮よりも柔らかいのでダメージを与えやすい。

 炎を吹かれたらどうしようかと思ったのだが、痛みで呼吸が満足に出来ないようだった。



 ゲイルにしてもイチかバチかの捨て身の戦法だったが、賭けに勝ったということだろう。

 しばらくそうしていると動きが弱まり、その鼓動が弱まっていくのを感じながらゲイルは口の外に這い出した。




「母さん!」


 まだ危ないよ、と言いたい気持ちもあるのだが言えない。言ったとしても今は聞いてもらえなかっただろう。


 戦いで消耗してアヴィより少しだけ大きい程度の体積にまですり減ってしまったゲイルに、アヴィが飛び込んでくる。


 あまりの勢いに、残っていた粘液も少し飛んでいった。まあ仕方あるまい。

 アヴィから見たらゲイルが食われたのだから、生きている姿を見てつい状況がわからなくなってしまったとしても仕方がない。



 ゲイルはよしよしとアヴィの頭をゲル状の触腕で撫でてから、軽く肩を叩く。


「なぁに?」


 ちょいちょいとグィタードラゴンを示す。

 まだ息がある。といってももう動くこともできない死の縁の状態だが。


「え、杖?」


 アヴィが手放していた杖を触腕を伸ばして拾い、彼女に渡す。

 意味はわかってくれるだろうか。



「うん……やってみる」


 親子もどきだ。ある程度の意思疎通は出来て当然。

 アヴィはゲイルから少し離れて杖を構えた。


 先ほどの魔法でかなり疲れていたようだが、勝利したという結果が彼女を回復させているようでもある。

 魔力残量みたいなものがあるのかどうか知らないが、もう一度使えるだろうか。


「真白き清廊より、来たれ冬の風鳴」


 先ほどの言葉とは違うが、アヴィの構えた杖の先から凍り付くような風が溢れた。

 それは息絶える寸前だったグィタードラゴンの顔から体内を凍らせて、その息の根を完全に止めた。



  ※   ※   ※ 



 適性の問題なのだろう。

 アヴィは炎の魔法を充分な威力で使えなかったが、氷雪の魔法は強い威力で使うことが出来る。


 グィタードラゴンの方も、アヴィを消し炭にしたら食べられないということで、炎の威力を加減していたところもあった。


 ゲイルという盾もあり、アヴィを襲う熱気を妨げていたことも要因。

 決してアヴィの力があのドラゴンに勝っていたわけではない。幸運なこともあった。



「清廊族に伝わるお話なの」


 あの呪文はそういうことらしい。炎に対抗して何とかしなければと思ったアヴィの口から咄嗟に出てきた一節。


 世界を氷に閉ざすような氷雪のお話だということで、まだ奴隷として囚われる前の幼い頃に聞いていた童話。



 ゲイルにしろアヴィにしろ、童話を元に勝利を掴んだことになる。ゲイルの方の記憶は怪しかったが。

 何であれ大勝利と言って差し支えない。



 アヴィが最後の一撃を放ったことで、このドラゴンのエネルギーもほんの少しだけアヴィの力になっている。

 何よりも、息絶えたグィタードラゴンの巨体は、良い食料になった。



 炎を出すような臓器は見当たらない。

 食べやすそうな肉の部分はアヴィの食料として切り出して凍らせた。保存できるというのは素晴らしい。

 臓物やそれ以外、それと魔石はゲイルの食事だ。


 凍らせた肉と合わせてアヴィを取り込み、運搬する。ドラゴンの魔石を食べたら減った分の体積くらいは回復したので問題なかった。



 眠るアヴィの肌に、火傷や切り傷の跡があるのを感知する。

 特に頬の火傷は可哀そうだ。女の子なのに。


(……)


「ひゃっ!?」


 うとうとしていたアヴィが素っ頓狂な声を上げて飛び起きる。

 しまった、痛かっただろうか。


「…母さん?」


 恐る恐る、もう一度試してみる。

 猫が自分の傷口を舐めるように、母猫が子猫の毛づくろいをするように。


 アヴィのキメ細かな肌に刻まれた傷に、出来るだけ優しい想いを込めて擦るように。


「あ……?」


 わずかに声を上げるアヴィも気付いただろうか。

 傷が、その末端から少しずつ癒えていくことに。


 ゲイルのゲルは消化することだけでなく、生き物の細胞を癒すことも出来るようだった。理屈はまったくわからないが。


「ありがとう、母さん」


 少し顔を赤らめて礼を口にするアヴィ。見えなくても体温が上昇したのはわかるのだ。


 肩を竦めるような動作をしてみせてから、また続ける。

 時折少し痛むのか、小さく声を上げるものの逆らいはしない。

 彼女の体温と心音がやや上昇傾向になるのはわかるが、治せる傷は治しておこうと。



「ん、っと……なんか、恥ずかしい」


 顔に残っていた火傷の跡も消える。元の通りの綺麗な肌だ。


(……)


 首にも、傷が残っている。これは古い傷だ。

 癒そうかと思えば消せるかもしれないが、これはゲイルが初めてアヴィに触れた場所の傷跡。

 奴隷の首輪が噛んでいた首回りだった。


(これは、あまり目立たないしまあいいか)


 何となく絆的なものを感じて、そこはやめておく。

 襤褸切れ一枚の姿でゲイルの体内に潜るアヴィの肌は、常にゲイルに健康診断されているようなものだ。

 とりあえず目立った傷を軒並み癒してみた。



「ちょっとくすぐったいよ、母さん」


 くすくすと笑うアヴィに、思わず溜息が漏れた。気持ち的に。


(母さんじゃねえけどな。別にいいけど)



  ※   ※   ※ 

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