第15話 他者に映る己_3



「たぁっ!」


 アヴィの持つ剣がメラニアントの胸部と胴の継ぎ目辺りを貫くと、ばたついていた足がころりと力を失った。


 狩り。

 メラニアントの可食部は少ない。アヴィにとってはという意味で、ゲイルはそのアリの全体を食べてしまうから関係ないが。



 倒すと体内に小さな石――魔石と呼ばれるエネルギー結晶が出来ることはわかっている。

 やはり一定以上のエネルギーのあるモンスターでなければ出来ないし、あまりに死体がひどく損壊すると出来ないらしい。

 また寿命などで命が尽きた場合も同様。


 エネルギーを食するゲイルには、その流れが感知できるようになっていた。

 ほんのわずかに、結晶化せずに漏れたエネルギーがアヴィに流れ込むのもわかる。魂のエネルギーを奪っているような。


 非常に微量だ。コンマ1%未満。

 千匹以上倒せば一匹と同等のエネルギーを吸収したことになるのかもしれないが、気が遠くなる話だった。


 群れをあらかた片付けて、最後の一匹だけをアヴィに任せているこの現状では。

 それでも、拾った当初に比べれば強くなりつつあるのは間違いなかった。



「母さん、どうだった?」


 自慢げな様子のアヴィに、ゲイルは少しだけ体を膨らませて見せる。

 見ていたよ、とか、上手だったとか、そんな肯定的な意思表示として。


 危なくないようにメラニアントの手足はゲイルが捕まえていたのだが、それでもアヴィの剣で仕留めたことに満足の意思を示した。



 アヴィの剣というか、アヴィを奴隷として使役していた男の剣だが。もうアヴィの剣ということでいいだろう。


 道具に罪はない。アヴィの首輪もそうだったが、この剣も何か不思議な力を宿しているようで、切っても切れ味が落ちないし妙に頑丈だ。

 良い拾い物だっただろう。



 魔法も使えないかと魔法使いの道具も使わせたが、小さな火を出すのが精一杯だった。


 焚火を作るくらいの役には立っている。

 ゲイルはともかく、アヴィは生肉や腐肉を食うわけにはいかない。


 洞窟内はあちこち隙間があるようで、多少火を使っても酸素が欠乏するようなことはなかった。

 ゲイルが最初にいた水中のような下層では、有毒なガス溜りなどあるかもしれないと思い、やや上の階層で活動するようにしている。



「魔石、あったよ」


 アヴィが仕留めたメラニアントから魔石を引き摺り出してゲイルに差し出す。

 そんなことをしなくても丸呑みしてしまうのだが、アヴィなりのお手伝いなのだとして有難く受け取った。


 娘がいたらこういう感じなのだろうな、と。

 母さんと呼ばれるせいで、本当にそんな気持ちになりつつあるのだった。



 アヴィがいることでの精神面での変化と共に、ゲイルの活動にも変化がもたらされる。

 どこにでも自由にはいけない。


 ゲイルと違ってアヴィの体は形があるので、下手なことをすれば傷ついてしまう。

 小柄なアヴィが通れる通路を選び、もし下に流れる必要があれば落差が少ない場所を選んでゲイルがクッションとして衝撃を受け止めた。


 少しの間であればアヴィに息を止めさせて、彼女が身動きしづらい狭い穴の中をゲイルに包んで滑るように流れることも出来る。

 そうした移動制限の問題と、食料問題。


 アヴィが食べられるような生き物を定期的に狩らなければならない。



 数が減ったとはいえメラニアントはまだ多いのだが、アヴィが食べられるのは筋っぽい部位だけ。

 殻は食えない。


(不便なものだな)


 メラニアントの筋を、小さな魔法の火で炙って食べている彼女を見ながら思う。


 脆弱な生き物だ。

 アヴィが悪いわけではない。こんな環境で不満も言わずにたくましくやっている。

 だがやはり、彼女はこの洞窟で暮らすような生物ではない。


 こうしてモンスターを狩ることで彼女がさらに強くなるのであれば、いずれは独力でも生きていけるようになるのではないか。


 ゲイルの隣で硬いアリの筋肉を噛み千切ろうとしているアヴィを見ながら、そんな日が来ることを願えないのだった。



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