第14話 他者に映る己_2
少女はアヴィと言った。
聞き出せるわけではない。少女が自身をアビーと呼称することを理解するまで数日を要した。
アヴィ。
首輪がなくなってからは、少し人間らしさを取り戻したようで、ゲイルに向かって話をするようになった。
ゲイルが答えることはないので、ほとんど独り言のようだったが。
それでも、アヴィの言葉に理解を示す動作をすると、それが嬉しい様子で話を続ける。
彼女の知識はそれほど多くないらしく、同じ話を何度も繰り返す。それがゲイルには都合がよかった。
「アヴィたち
ここ、というのはこの洞窟のことではないだろう。
「女神と魔神が戦ったこの土地に住んでいた」
途中の単語については怪しかったが、時折身振りを交えて話してくれるおかげで理解が進む。
「ずっとここは清廊族の場所だった。海の向こうから人間が来るまでは」
呼び名が少し違う。男どもがアヴィを呼んでいた言葉と若干響きが違った。
蔑称だったのだと解釈する。
「人間は数が多く成長が早い。中には異常に強い者もいる。だから清廊族は人間に支配された」
そうして奴隷になっていたのだという話だった。
アヴィも、他の奴隷の清廊族から聞かされた話らしい。人間への恨みを積もらせて語り継がれる歴史。
ゲイルにとってはどちらも別種族の話なので、異種族間の争いの結果だとしか思わない。
仮にそのどちらが同族――ゲル状生物の種族だったとしても、あまり感情移入はしなかっただろうが。
とりあえず地上の歴史背景については多少理解できた。知ったからどうするわけでもないが、知っておいて損はない。
やはりアヴィを拾ったのは正解だった。
自分の行動を正当化する為にそう結論付けたいだけなのかもしれないが。
誰に対して正当化したいのか。
ゲイルの体内から這い出して、少しだけ離れた場所で落ち着かない様子でしゃがみ込むアヴィの気配を感じながら自嘲する。
アヴィは普通の動物的な生き物なので、食事をすれば排泄もする。
無意識に排泄――つまりおねしょなどをゲイルの体内でしてしまっていることもあったが、意識があれば羞恥心のある行動をするのだ。
一度、あまり離れた場所にいって蝙蝠に襲われたことがあった。
慌てて逃げながら漏らしてしまってから、ゲイルの姿が見える範囲までしか離れないことにしたらしい。
もっともゲイルには視覚がない代わりに鋭敏な触覚があり、音も臭いも全て感知できてしまうのだが。
(……その辺は見ない振りをしてあげるのも大人の役割だな)
別にゲイルの体内でしてしまってもいいのだが。他の人間や動物を食べる時にも一緒に消化吸収しているのだし、それらへの嫌悪感を比較するのであれば問題はない。
母猫は、赤子の存在を隠す為にその糞尿まで食べてしまうのだとか。
それと一緒だと思えば生物的に至極自然な営み。
(って母猫じゃねえけど)
用が済むと、アヴィはゲイルの粘液状の体内に戻ってくる。
服は、最初に来ていた襤褸切れだけ。
他の人間の服を保存しておけばよかったのだが、すっかりゲイルが消化してしまった。植物性の繊維だったので。
洞窟内の気温は低いので襤褸切れ一枚では寒いのだろう。そう思ってゲイルも自身の体温を少し高めに意識する。
ゲルに包まれて眠る少女。ウォーターベッドというところだろうか。
安心したように眠るアヴィを包むゲイルの心中も穏やかだ。
どちらもこの世界では生きづらい存在が、暗い洞窟で寄り添って生きる。
その先に救いはない。救われる道がない。彼女が幸せになる可能性はなく、時間だけが過ぎていく。
ゲイルにとってはアヴィの存在は温もりと言ってもいいのかもしれないが、かといって彼女をこのままこんな場所に繋いでいるのがいいのかと言われれば、違う。
こんな穴蔵生活を続けさせることが幸福だとは思えない。快適な生活は出来ないし、決して安全な場所でもない。
いずれ離別か、そうでなければ死別か。
(あるいは一緒に死ぬか、だな)
それも悪くないと思ってしまう。それが何より救えない。
※ ※ ※
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます